"Exit Through the Gift Shop"

"Exit Through the Gift Shop" 写真クレジット:A Producers Distribution Agency

街中の壁にスプレーペイントなどでグラフィティ(落書き)をするストリート・アートをめぐるドキュメンタリー映画で、近年に類をみない奇々怪々なる快作だった。作ったのは世界中で過激なアート活動を続ける英国人のグラフィティ・アーティスト、バンクシー。彼の初映画作品である。
バンクシーは、ロンドン市内での落書きを皮切りに、世界の有名美術館内に自分の作品を勝手に展示したり、パレスチナ自治地区の分離壁に少女が穴を空けた絵を描いたり、ディズニーランドにグアンタナモの囚人の人形を飾るなど政治性の強いゲリラ・パフォーマンスで知られる。

英国のガーディアン紙は「英国の最も新しい国宝」と言うほどで、反権力/反資本主義メッセージを一瞬にして理解させる優れた視覚性、活動範囲の広さと作品の多彩さは他のグラフィティ・アーティストと比して群を抜いている。

さて、本作の主人公はLAで古着屋を経営するフランス人、ティエリー・グエッタである。彼は撮影マニアで無目的に日常をビデオカメラに撮り続けていたのだが、ある出会いから世界各地でゲリラ的活動をする多くのグラフィティ・アーティストの「仕事ぶり」をビデオに収め始める。

オバマホープポスターでメディアの注目を集めたシェパード・フェアリーも登場するこの前半部分は、かなりスリリングで本作の大きな見所になっている。

後半は彼が伝説のグラフィティ・アーティスト、バンクシーと念願の出会いを果たし、観客はティエリーのカメラを通してバンクシーの製作の舞台裏を覗いていく。電話ボックスから紙幣、名画まで、改ざんやコラージュを通してバンクシー印の作品に生まれ変わるプロセスは極めて刺激的だ。

ティエリーはその後、バンクシーの勧めでグラフィティ・アーティストに転身。本家から学んだ手法を使い、なんとバンクシーらアーティストの作品の改ざんやコラージュをした作品を作り始める。しかも彼自身は描かず、プロのグラフィック・アーティストを雇って作品を量産し、大展示会が開かれることに……。

現状への起爆力を持つバンクシーの作品と、彼のコピーをしただけのティエリーの作品の違いは明らかだ。が、なんとティエリーの作品は売れに売れてしまう。今やストリート・アートはモダンアートの最新トレンド。バンクシーの作品もサザビーズを通して数千万円で売れるご時世、ティエリーはそこに咲いたあだ花とも言える。

彼は金や名声が目当てだったのか。いや、そうではないだろう。憧れのグラフィティ・アーティストたちと同じことをしただけ、という無定見と無自覚がこの男のすべてだ。その上、商売上手でもあった。

そんな彼の「成功」に一役買ったバンクシーは、苦々しい思いもしただろうが、どこかニヤニヤとこの狂乱を眺めていたのではないか。エスタブリッシュメントの嘘を暴いてきたバンクシーにとって、ティエリーはアート業界の虚妄を暴く格好の題材だったに違いない。

上映時間:1時間27分。サンフラシスコはエンバカデロ・シアターで上映中。
"Exit Through the Gift Shop" 英語公式サイト:http://www.banksyfilm.com/