"Biutiful"(『ビューティフル』)

『ビューティフル』写真クレジット:Roadside Attractions
『バベル』のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの最新作である。『ノーカントリー』のハビエル・バルデムが主演して去年のカンヌで主演男優賞を受賞した作品で、彼の全身全霊を傾けた演技に魅了され、2時間半近い時間が濃密に過ぎていった。彼が今世界で最も優れた俳優の一人であることは間違いないだろう。
バルセロナの裏社会で生きる一人の男の物語だ。アフリカや中国からきた不法滞在者に仕事を斡旋して上前をはねる一方で、霊能力を使って死人と語り遺族から金を貰うことを生業とする男ウクシバル(バルデム)。

彼には二人の幼い子どもがあり、子の母マランブラ(マリセル・アルバレス)は双極性障害を病んで平穏な生活を送れず、別居中だ。そんなウクシバルが死の宣告を受けた。子供思いの彼にとってこの宣告は重く、トラブルが続発する斡旋業を引きずりつつ、彼は近づく死の影を感じ始めていく。

慈愛に満ちた父でありながら焦燥を子にぶつけるウクシバルは一言ではくくれない男だ。裏社会に生きる男の粗野、不法滞在者らの運命を気遣い、悲劇の責任を背負う誠実、死者と語る静けさ、狂乱するマランブラへの壊れた想い、さまざまな思いと痛みを抱えた男の顔が物語とも呼べない物語を通して描き出される。

死を意識することで滲み出してくる聖と濁、愛と失意、後悔と受容のドラマを、たっぷりと墨を含んだ筆で太く書き上げたイニャリトゥ監督らしい作品だ。本作ではイニャリトゥが初めて脚本も書いている。バルデムを想定して書いたということで、確かに彼の特異な風貌と哀愁を帯びた眼差しが、この異能を持った男の屈曲だらけの人生を映し出す鏡になっている。

監督には一度インタビューをしたことがあるが、声も体格も立派で威風堂々、実に男っぽい人だった。本作を観て、監督は彼なりの男の原型というものをウクシバルに託したのではないか、という気がした。サイドで描かれる中国人大家族の家長であり闇工場経営者の物語にも男の性の哀しみが感じられた。

上映時間が長いし、死に向かう男の話なので敬遠する人もいるだろうが、映画を通して人の生の手触りを感じたいと期待する人なら失望はしないだろう。泥水の中で人生を全うしようとあがく男の姿はいつまでも心を離れなかった。

上映時間:2時間28分。サンフランシスコはサンダンス・カブキ・シネマ、センチュリー・サンフランシスコで上映中。

"Biutiful"英語公式サイト:http://www.biutiful-themovie.com/