Fur: An Imaginary Portrait of Diane Arbus


写真クレジット:Picturehouse's
何年か前にサンフランシスコ近代美術館で、ダイアン・アーバスの写真を見た時の衝撃は忘れられない。無名の人々のポートレートなのに、ぞっとする怖ろしさがあった。人はみなどこかに怪異な部分があるのだろうか。アーバスの写真には、被写体の怪異性を一瞬で見通す冷徹な視線が感じられた。

この映画では、題名通り作り手がイメージしたアーバス像が描かれるが、アーバスの作品を知っている人にとっては、かなり違和感のあるポートレートではないだろうか。

1940年後期のニューヨークを舞台に、裕福な両親と愛情ある夫に庇護された若い母親(ニコール・キッドマン)が、写真家としての自分を発見していく短い期間の物語だ。ディアンヌ(作品中はこの発音)は、カメラマンの夫を手伝う内気な妻。ある日、アパートの階上に、奇妙なマスクをつけた男が越してきた。興味を持って部屋を訪ねると、全身に毛を生やした男の正体を知る。写真を撮りたいと彼の部屋に通ううち、ディアンヌは閉ざされていた官能の世界を見いだし、部屋に集う女装した男や、小人、サーカス芸人らとの出会いを通じて、特異な感性と感覚を研ぎすましていく。

女性の成熟と自己解放の過程を描く意図に好感は持ったが、演出が洗練され過ぎて、ファッション雑誌のグラビア版『不思議の国のアリス』という印象。キッドマンの顔のアップが何度も出てくるが、その完璧に整った顔を延々と見ていると、ただ美しい顔を鑑賞している退屈に落ち入る。アーバスが見つめ続けた人間の怪異性の発見とは対極の体験だ。

アーバスは、写真家だった若いキューブリック(のち映画監督)に写真を教え、彼は映画『シャイニング』で、彼女の代表作である"Identical Twins"のイメージを使っている。このシーンはおぞましく、実にアーバスらしい。
肖像写真に革命を起こした彼女だが、71年に48才で自殺。死後初めて写真集が出た。彼女がこの映画を見たら、何が見えるだろうか?

監督は"Secretary"のスティーブン・シャインバーグ。出演は他にロバート・ダウニィ・Jr.など。上映時間:2時間。サンフランシスコンはオペラプラザで上映中。