"Letter from Iwo Jima"


写真クレジット: Warner Bros. Entertainment Inc., DreamWorks L.L.C.

日本軍の硫黄島での死闘をクリント・イーストウッド監督が映画にした。日本語で日本の俳優が演じる映画だが、日本映画ではない。脚本から製作までアメリカ映画であることに大きな意味のある作品だ。
第二次大戦中、敵として戦った日本軍人をアメリカ人が描くことで、普遍的な戦争の真実に迫ろうとした試みだ。敵側の人間性を際立たせ、彼らの味わった苦しみを丁寧に描くことで、敵も味方もない戦場の悲惨、戦争の無意味が浮かび上がった。

プライベート・ライアン』でトム・ハンクスが演じたような人間味のある陸軍中将、栗原(渡辺謙)や、国のためではなく自分のために死ねという下士官伊原剛志) が登場する。戦火の中、子供や家族に愛情溢れる手紙を書き続けた栗原。こんな軍人が天皇の軍隊にいたのかと思わせる個性だ。共に米国で教育を受けたり、米国に知人を多く持った実在の人物をもとにしている。

日本刀を振り回し、玉砕を叫ぶ典型的な帝国軍人(中村獅童)も登場し、自在な発想をする栗原と対立をする。それを観察する若い兵士(二宮和也)。彼は渋谷の雑踏から時空を越えてきたような現代的な若者だ。玉砕の意味も知らない現代の観客と、61年前の戦場を繋ぐパイプ役として重要な役割を果たす。
すり鉢山に何千もの洞窟を掘って抗戦する彼らだが、圧倒的な軍勢で迫る米軍との闘いに勝算は無かった。優秀な戦略家の栗原は全滅を予測。大本営から完全に見捨てられ、弾薬も食料も水も尽き、絶海の孤島で死の時が迫る。

敗北を知りつつ、捨て石となった栗原の無念。愛国も大義も見えない彼の最後だ。『…ライアン』で戦死したハンクスとの違いは歴然としている。
この映画はまた、まぎれも無いイーストウッド映画でもある。栗原の運命と、"Million Dollar Baby"の女性ボクサーの運命には同質の悲劇性がある。主人公たちは絶望的状況の中でまったく身動きが出来ないが、必死に人として最後の尊厳を守ろうとする。観客が彼らに激しく心を動かされるのはそのためだ。

「すべての戦争は悪だ」と言い切ったというイーストウッド監督。真実は単純明快であり、その声は戦争を継続する政権へ真っすぐ向けられている。
邦題は『硫黄島からの手紙』。脚本は日系のアイリス・ヤマシタ。上映時間:2時間21分。上映中。