"Ladies in Lavender”


写真クレジット:Roadside Attractions, Sony Pictures Home Entertainment

女性が年をとってから若い男に恋をするというのは、どういう体験なのだろう。しかも、その女性が1930年代のイギリスに生き、1度も結婚したことがなかったとしたら。それは初恋に違いない。

甘く切なく、恥じらいと戸惑いに身も心も波打つ初恋。その体験に年齢の違いはまったくない。「老女の初恋なんてキモチワルッ」と感じる人は、もう少し人生の時間が必要かもしれない。
大好きな英国の2大俳優ジュディ・デンチマギー・スミスが姉妹を演じる。007映画でボンドの上司M役でみせる強面(こわもて)の印象が強いデンチが、少女のような初々しい表情を見せてくれるイギリスの恋愛映画 "Ladies in Lavender”(2005年、邦題『ラヴェンダーの咲く庭で』)を紹介しよう。

イギリスの中では気候が温暖なことで知られるコーンウォール地方が舞台。浜辺の見える高台の家に住むジャネット(スミス)とアーシュラ(デンチ)は、親の残した遺産で慎ましく暮らす年老いた姉妹。姉ジャネットの夫は戦死しており、妹アーシュラは両親の世話をして未婚のまま老年を迎えた。
嵐の去ったある朝、アーシュラが浜辺で倒れている青年を見つけ、彼を家につれて帰る。平凡な暮らしに若い青年が登場した興奮も手伝って、かいがいしく看病する姉妹。次第に彼の名前はアンドレア、ポーランド人で渡米途中に船が難破したことが分かってくる。しかも驚いたことに、彼はバイオリンの名手だった。
姉妹への礼と労いを込めてバイオリンを聞かせるアンドレア。チャーミングな片言で話す才能豊かな若いバイオリニストに、心を奪われない人がいるだろうか? アーシュラは、美しいバイオリンの調べに押し流されるように抑えきれない恋心をアンドレアに抱いていく。
妹の恋に気づいた姉は困惑するが、静観するしかなかった。アンドレアのおかげで、華やいだ気持ちを持ったのは姉も同じ。ただ強い恋情には至らなかっただけだ。もちろん、若いアンドレアがアーシュラの感情に気が付くはずはなかった。

アーシュラは「バカ、愚か者」と自分に罵声を吐きながら、恋心をどうすることもできない。人生で一番美しいはずの初恋を、自分の言葉で卑しめねばならなかったアーシュラの哀しみが痛い。 
イギリスの牧歌的な自然風景や静かな浜辺を背景に、アンドレアがバイオリンを弾き始めて、この映画は一気に情感をましていく。演出や演技の不備を音楽でごまかす映画が多いが、この映画は音楽の素晴らしさが物語を凌ぐことがない。健康を取り戻したアンドレアとアーシュラが浜辺を散歩するシーンに流れるバイオリンの静かな調べ。祖母と孫にも見える2人だが、この映画の中でも最もロマンチックなシーンだ。密やかな恋心を感性豊かに演奏しているのは、アメリカの若き天才バイオリニスト、ジョシュア・ベル。Meditation from Thaisなどの名曲が、秋の夕暮れのような恋をしたアーシュラの哀感を奏でて美しい。

さまざまな紆余曲折をへて、アンドレアはロンドンで初舞台に立つ。成功した彼のコンサートに着飾って出かける姉妹。感動的な演奏が終わり、彼に挨拶に行こうと言う姉に対して、「いいわ、もう帰りましょう」というアーシュラだ。くるりとカメラに背中を向けて立ち去る2人。その毅然としたアーシュラの姿に、苦しい恋心を見事に断ち切った女性の誇りが感じられ、エンディングを引き締めている。世間知らずでウブなアーシュラを、ハラハラしながら見守り続けた姉の優しい愛情も心にしみた。

共に英帝国勲章を授与され、アカデミー賞の女優賞を何度も取っているデンチとスミスは、私生活でも仲が良いことで知られる。その2人の自然な演技が奇跡の初恋に温かみを与え、見終わると、この映画が美しい姉妹愛を描いていたことに気づかされる。

アンドレアを演じたのはドイツの若手人気俳優ダニエル・ブリュール。撮影前1ヶ月で特訓したというバイオリンの演奏は、演技とは思えない。監督は『エイリアン3』など、俳優として経歴が長いチャールズ・ダンス。この映画が初監督作品だ。ウィリアム・J・ロックの短編集『Faraway Stories』からダンス自身が脚本を書いている。上映時間:1時間45分。