"Cassandra's Dream”


"Cassandra's Dream”写真クレジット:The Weinstein Company

ウディ・アレン監督の最新作。ジャンルは05年の"Match Point" と同じ犯罪サスペンス、舞台も同じロンドンだ。トロント映画祭で上映され、あまり芳しい評価が得られなかった作品だが、私は面白く観た。


最近のサスペンスものは、時間軸を前後させたり、話を迷路のように複雑にする傾向があるが、この作品は枝葉のないシンプルな作り。エンディングに向けて物語が一直線に進んで行く。そのスタイルが『太陽がいっぱい』などの古いヨーロッパ映画風で、かえって新鮮に感じられた。

父のレストランを手伝う兄イアン(ユアン・マクレガー)と自動車修理工場で働く弟テリー(コリン・ファレル)は、共にパッとしない暮らしから抜け出そうとしている。

イアンには女優の美しい恋人アンジェラがおり、ハリウッド進出を狙う野心的な彼女のために、カリフォルニアでの投資話に空想めいた夢を託していた。テリーは賭博好きで一攫千金を狙っていたが、カードで大負けをして多大な借金を抱える。

そんな頃、事業で成功した伯父ハワード(トム・ウィルキンソン)が家族を訪ねてきた。地獄で仏とばかり伯父に借金を頼むイアンとテリー。だが、ハワードは金を出す代わりに条件を出してきた。ある男を始末してくれというのだ。

この依頼に対する兄弟の反応が正反対。虚栄心が強く恋人に夢中なイアンは即行動と躍起になるが、弟は絶対できないと拒否。この対比の中に、欲望と良心の対決という人間の普遍的な葛藤の構図が見える。葛藤の末、欲望が勝ち、良心を飲み込む。罪悪感に苛まれた良心は病んで行く…。

単純明快、目新しさは無いが人間の本性をすっきり捉えている。
カサンドラは、ギリシャ悲劇に出てくるトロイアの王女の名前。予知力がありトロイアの陥落を予言した。その名を題したこの映画は、アレン版ギリシャ悲劇なのかもしれない。美女に無謀な賭け、対立する兄弟という悲劇のフォーミュラ全開だ。"Match Point"の良さには及ばなかったが、男の抱えるトラブルはギリシャ時代から何も変わらないと妙に納得してしまった。

あえてこういう古めかしい話を映画化した監督(脚本も担当)の自信も伝わる。マクレガーとファレルのロンドンの下町訛りがヘタクソなので、安直に作ったと批難されてもどこ吹く風。66年以来ほぼ毎年一作づつ映画を作り続ける力量は並ではない。

上映時間:約1時間48分。1月18日から上映開始予定。

"Cassandra's Dream”英語公式サイト:http://www.cassandrasdreammovie.com/