『歩いても 歩いても』(英題 "Still Walking")


『歩いても 歩いても』写真クレジット:IFC Film
自分の家族とは違う家族構成なのに、まるで自分の家族をみているよう。そんな気分になる映画だ。和やかな普段着の会話を通して、家族の温かさや安心感、反面のわだかまりや残酷さが巧みに描き出された端正な作品だ。
夏のある日、長男の15回忌に集まった家族の一日をさりげないエピソードを重ねてみせていくホームドラマである。出来のよかった長男と比較されるのが気が重い失業中の次男(阿部寛)と妻(夏川結衣)と息子が実家へ向かう。妻の方は再婚、息子は彼女の連れ子だ。母(樹木希林)はそんな嫁を「人のお古」だと長女(YOU)に陰口をたたく。

適当に相づちを打つちゃっかり屋の長女にも夫と二人の子がおり、実家を改装して引っ越してくる心つもりだ。母の承諾を得たいのだが、母はのらりくらり。そんな頃、次男一家が実家に到着。先ほどの陰口はどこへやら華やいだ声で嫁を迎える母だ。

町医者だった父(原田芳雄)は隠居の身。医者を継がなかった次男への不満を今だに抱えている。次男もそんな父に反発し、この日もゴツゴツとぶつかる二人だ。日が暮れて、母の父への言葉に毒気が混じり始め、父の裏切り、母の怒りと無念が次第に明かされる。ドキッとすることを言う母。その一瞬後に「お風呂に入っちゃってよ」という言葉で会話は途切れる。完結しないまま流れていく家族の会話。曖昧に、何も解決しないまま無感覚になっていく日常の怖さが見事に切り取られていく。

監督は『誰も知らない』(04年)で主演した少年がカンヌ映画祭で主演男優賞を受賞し話題となった是枝裕和。彼の作品は日本よりも海外での評価が高く、小津安二郎監督との共通点を指摘されることもしばしば。が、監督は当地を訪れた際「意識しているのは成瀬巳喜男(代表作『浮き雲』)。彼の映画は、出てくる人間は辛辣だったり、だらし無かったりで、小津よりはすごく人間的だと思う」と語っていた。

母親を数年前に亡くしてすぐにこの脚本を書き始めたという監督。ここで描かれる母の顔は万華鏡のようだ。不満不平をたっぷりと腹に貯め、ある時は狡く、ある時は優しく、また悲しくも怖くもある。百色に変わる顔をもった日本の母。そんな母に似てきた自分に気付くのは私だけだろうか。

上映時間:1時間54分。サンフランシスコはルミエール・シアターで上映中。

『歩いても 歩いても』日本語公式サイト:http://www.aruitemo.com/top.html