"Bright Star"


"Bright Star" 写真クレジット:Apparition

19世紀初頭のイギリスを舞台に、25才で早世したロマン主義の詩人ジョン・キーツとファニー・ブロンの結ばれぬ恋を描いた映画。と書くと甘くロマンチックな作品を想像するかもしれないが、感傷はむしろ抑えられている。熱く激しい感情は隠され、静かな恋が淡い香りのように広がる。そのゆったりとした心地よさ。映画を観るのは気持ちの良い体験なのだ、ということを久しぶりに思い出した。
物語は、18才のファニー(アビー・コーニッシュ)の視点から描かれていく。彼女は母と弟と妹の4人暮らし。あまり豊かとは言えないが、自分で縫ったファッショナブルなドレスを来てお茶会に行くのが自慢という溌剌とした娘だ。

詩など読んだことのない彼女だったが、隣家で友人と詩作に励むジョン(ベン・ウィショー)に好奇心を持ち、ジョンの弟の死がきっかけとなって二人の心は近づいていく。

しかし、ファニーの母は貧しいジョンとの結婚を認めることが出来ない。それが分かっているファニーの苦しい恋。ジョンは、詩で身を立てようと懸命になるのだが……。

ドラマチックな展開はなく、恋する二人と二人を取り巻く情景やディテールを、丁寧に美しく見せることに主眼が置かれた作品だ。紫のヒアシンスや水仙が咲き誇る春の野の清爽、ひんやりとした森の静寂、二人を見つめる幼い妹や弟のあどけなさに、若い恋の歓びと悲しみが映し出されていく。

脚本・監督はニュージーランドジェーン・カンピオンキーツの詩のような映画を作るのが狙いだったようだ。題名も彼がファニーに送った詩 "Bright Star"から取られている。

カンピオンは女性主人公の性愛をテーマにした作品に挑んできた果敢な監督だが、『ピアノ・レッスン』以来ヒット作に恵まれなかった。が、本作では挑発的な作風は影をひそめ、19世紀の悲恋を題材にして詩的な映画世界に新境地を切り開いた感がある。彼女の最高作の一つになるのではないだろうか。

前半で、ジョンの詩作を助ける詩人仲間の男が、ファニーがジョンに近づくことを嫌う場面が出てくる。勉学の身に恋は禁物、ジャマするなということなのだが、才能豊かなジョンを独占したい風にも見えるのだ。

ふと小林秀雄中原中也の恋人を横取りした話を思い出した。後年、その「事件」を白州正子が「小林さんは中也が大好きだったので、彼の持っているものが欲しかったのでは」と書いている。詩人の世界も業が深い。

上映時間:1時間59分。サンフランシスコは、サンダンス・カブキ・シアターとメトレオン・シアターで上映中。

"Bright Star"英語公式サイト:http://www.brightstar-movie.com/