"A Serious Man"(邦題『シリアスマン』)


シリアスマン』 写真クレジット:Focus Features
インテリ男の中年クライシスをスリラータッチで見せる凝った作りのダーク・コメディ。07年の『No Country for Old Man』、去年の『Burn After Reading』http://d.hatena.ne.jp/doiyumifilm/20080918/1221748813 とヒット作を作り続けているコーエン兄弟(脚本/監督)の最新作である。
舞台は、60年代後半のユダヤアメリカ人が暮らす中西部のコミュニティ。主人公は物理を教えるマジメな大学教授ラリー・ゴップニック(マイケル・スタールバーグ)。妻と息子と娘に囲まれ平穏に暮らしていたラリーだが、ある日突然妻から離婚を宣言される。しかも知人の男と関係アリと言う。青天の霹靂、目がテン状態のラリー。気が付くと我が家を追われ、失業中の兄とモーテルで暮らすハメになっていた。

妻が選んだ男が解せない。自信たっぶりな初老の男だ。あんな男のどこが良いのか、自分のどこが悪かったのか? 自問と自信喪失のあり地獄に落ちるラリー。助言を求めたラバイの話は意味不明だし、次から次と起こる小さな事件が彼をさらに追いつめる……。

主人公が信じていた世界が、ポロッポロッと土壁が落ちるように壊れていく。その理由も解説も描かれない。人生は解けない謎だらけ、微熱のような不安と悪夢が主人公を包み、独特なスリラー感覚が立ち上がる。

物語の背景に、コーエンらが育った時代や生活環境などが濃厚に描き込まれているのも特徴だ。ラバイやバール・ミツバが重要な役割を果たすユダヤ教徒の日常が丁寧に描かれる。作家や映画監督が自分のよく知った世界を描くとベタリとした感傷に落ち入りがちだが、本作にはそんな独りよがりが皆無だ。あくまで主人公を追い込む精神風景として描かれ、なるほどこんな強固な世界がグラつけばクライシスの穴も深いハズと合点もいく。

有名スターをまったく使わず、殺し屋も詐欺師も出てこないファンの意表をつく作品。スリラーを描くのに殺人や誘拐は不要、話が面白ければスターパワーも要らない、という自信がうかがえる。前二作を油絵に例えると、本作は微細に描かれた線画。まぎれもないコーエンの筆致が躍動し、ラストの衝撃はしばらく忘れられなかった。

上映時間1時間45分。サンフランシスコはエンバカデロ・シアターで上映中。

シリアスマン』日本語公式サイト:http://ddp-movie.jp/seriousman/index.html