"Certified Copy"(邦題『トスカーナの贋作』)


トスカーナの贋作』写真クレジット:IFC Films
イタリアのトスカーナ地方を舞台に、近刊の著書について講演に来た英国の作家 とその町でギャラリーを持つフランス人女性が町を散歩しながら語り合う、ただそれだけの映画だ。
設定だけを比較すれば若い男女の出会いを描いた95年の『恋人までの距離』と似ており、前作を人生の初夏の頃とすると、本作は秋も少し深まり始めた頃という趣きの作品。中年男女が主人公なので内容もぐっと大人向けだ。脚本、監督は『桜桃の味』などの名作で知られるイランのアッバス・キアロスタミ。彼が初めてイラン以外の国を舞台に、プロの俳優を使って作った最新作である。

作家(ウィリアム・シメル、英国のオペラ歌手)の案内役をかってでた女(ジュリエット・ビノシュ)が美しいアレッツォの町を散歩しながら、作家の著書『Certified Copy』のテーマである、芸術作品における公認された贋作と真作をめ ぐる論議をするところから会話は始まる。

歩きながら語り合う二人は携帯電話によって何度も会話を中断され、立ち寄ったカフェでは夫婦と間違われる。すると女はそれを訂正せず、妻のフリをして会話を続け、男に対しても長年暮らした夫婦のよう振る舞い始めるのだった。二人のちょっとハイブラウな会話がすれ違い、現実と虚構の狭間を微妙に行き来する迷路のような謎が立ち上がってくる。

実は最初に観た時、二人が本当の夫婦なのかどうかがに気になって足を掬われた感があったのだが、二度目に観た時は会話の絶妙さ、ビノシュが英仏伊語を使い分けながら見せてくれる数々の女の顔に魅了された。

息子を荒げた声で叱り、新婚カップルに愛想笑いをし、鏡に向かって口紅を引き、はては 男を誘惑する。苛立ちを隠しきれず、どこかマヌケでしたたかで、浅ましくもあり愛らしくもある女をビノシュが自然に演じて素晴らしい。

監督は彼女との出会いを通して本作のイメージを温めてきたようで、確かに彼女なしでは作り得ない作品だったろう。若い頃のビノシュは才気が鼻につく人だったが、最近の彼女は角がとれて人間的厚みが出て来た。本作で去年のカンヌ映画祭主演女優賞を受賞したのも納得である。

女はなぜ夫婦のように振る舞うのか。虚構の世界に男を引きずり込もうとする女 と、その女に歩調を合わせながらも夜9時には町を発つということを繰り返す男の現実感覚。その落差の面白さは、題名でもある「公認された贋作」というテー マへと繋がっていく。

夫婦のように振る舞う虚構を通して、節度と諦めを知った中年男女の真実をかいま見せる二人。それはまた映画という虚構の装置の持つ可能性、俳優が生み出す虚構の力というものを再認識させてくれる。まったくもって凝った作りのキアロスタミ監督らしい知的な秀作と言える。

上映時間:1時間46分。サンフランシスコはクレイ・シアターで上映中。
トスカーナの贋作』日本語公式サイト:http://www.toscana-gansaku.com/