『インサイド・ジョブ』(英題 "Inside Job")


インサイド・ジョブ』写真クレジット:ソニー・ピクチャーズ
08年、投資銀行リーマン・ブラザーズの倒産に始まった損失総額20兆ドルの世界的な金融破綻はいかにして起きたのか。それを徹底的に追ったドキュメンタリー映画の『インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実』が日本でも公開される。
今年の第83回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した作品で、人災であった金融破綻と福島原発の問題が二重写しになって見えて来た。

私はまったくの金融オンチで、この映画をDVDで3回観たのだが、今だになぜこんなにバカバカしいことが起きたのか、完全には飲み込めていない。金融商品というまったく実体のないものが存在し、それを莫大な金を使って動かしているという仕組みが理解できないのだ。

つまり裏を返せば、そんな実体のないものが世界を動かしているという事実に仰天した。生活に必要な物を作って売ることで生計の糧を得るという真っ当な社会の成り立ちが崩れて、ウォール街という名の巨大なカジノで儲けるのが手っ取り早いと思うようになってしまった、ということなのだろう。

2000年の頃だったか、バイト先にいた若い女の子が仕事中にネット上で株式投資をしていて「先週は200ドルも儲けちゃった」としたり顔だったが、あの子はしばらくしてあの仕事を辞めたはずだ。時給ナンボで真面目に働いていられるか、という気持ちだったに違いない。

ネットを使って誰でも株の売買ができるようになったのも、80年初期から始まった金融規制緩和政策のお陰だ。以来、米国はそれまで厳しい規制下に置かれていたウォール街の枷を外し、投資銀行は複雑な金融商品をいくつも作りあげ、ハイリスクだが配当が大きいというふれこみの投資商品を売りまくった。

問題はこれらの商品がいつかは値崩れを起す「ゴミ」ような商品であることを彼らが知りながら売っていたということなのだ。

彼らは売れば売る程ボーナスが増えた。達成した収益に関わらず、多額の契約を結ぶだけでボーナスが入るシステムのため、一年目の新入社員ですら1000万円のボーナスが出たという。金に目が眩んだ株式仲買人たちのモラルが低下したのは当然のことだった。

規制緩和を通してそんな腐ったシステムを押し進めたのが80年来の米国政権だった。レーガンクリントンもブッシュも、そしてオバマも同じ穴のむじな。3大統領の元で金融政策を決めてきたグリーンスパン(経済学者)に始り、緩和政策を支えた政・官・財・学界の結託によって引き起こされた破綻だった、というのがこのドキュメンタリーの重要なポイントだ。

インサイド・ジョブの意味は、内部の者が手引した犯行。つまり、この金融危機は金融に関わる内部の者が犯した犯罪である、という指摘だ。ところが誰も逮捕も起訴もされていない。

ブッシュ政権の財務長官はなんと証券会社ゴールドマン・サックスの会長、レーガン政権下で規制緩和を押し進めていた主席経済顧問はハーバード大教授、さらなる規制緩和を進めたブッシュ政権の経済諮問委員会議長は退任後にコロンビア大学長、といった具合。日本なら天下りというところだろうが、米国は上下じゃなくて平場、回転ドアをクルクル回って政・官・財・学界人が行き来する。

それにしても、金融の暴走を監視するはずの財務長官のポストに、証券会社の会長を呼んできて監視できるのか。しかも、御用学者がそんな構造に「学問的」お墨付きを与えるという念の入れよう。まるでイカサマ賭博を見ているようでムカムカしてくる。

ムカムカと言えば、日本の原発問題の構造もよく似ていないだろうか。
東京電力がこれまで経済産業省の幹部を同社の重役に据えてきたのは衆目の知るところ。電力大手10社に取締役として天下った同省OBは45人に上ると言われている。原発と言えば推進派の学者たちが担った役割も大きく、内閣府の「原子力安全委員会」の委員たちの痺れるような発言は忘れられない。

元東大教授の班目春樹委員長は、「総理、原発は大丈夫なんです。構造上爆発しません」と管首相に伝えたその当日、福島原発の1号機が爆発。放射線影響学の専門家である久住静代は「年間20ミリシーベルトで健康に影響出ることはない」と発言。

「福島第1原発放射能漏洩事故で、復旧作業員の大量被曝に備えた自家造血幹細胞の事前採取について、内閣府原子力安全委員会が「不要」と判断していた」(産經新聞)など、どこが安全委員会なのかという発言のオンパレードだ。

元東電副社長東電顧問で元参院議員の加納時男の「低線量の放射線はむしろ健康に良いと主張する研究者もいる。説得力があると思う。私の同僚も低線量の放射線治療で病気が治った。」(朝日新聞)発言はトドメを刺すだろう。

彼は本気でこんなことを信じているのか。「ゴミ」のような商品をそれと知りながら売りさばいた株式仲買人たちと彼らはそっくりだ。私がムカムカするのはその嘘に対してであり、その嘘が全世界に影響を及ぼすという点である。

しかも放射能汚染は人の健康を害し命を脅かす点で金融破綻よりさらに犯罪的だ。日本の政・官・財・学、そしてマスコミに広がる原発推進派たちのインサイド・ジョブはこれからもっと明らかにされるべきだろう。

監督は "No End in Sight" http://d.hatena.ne.jp/doiyumifilm/20070813 のチャールズ・ファーガソン。ナレーションはマット・デイモン20日から東京を皮切りに上映が始まっている。

インサイド・ジョブ』日本語公式サイト:http://www.insidejob.jp/
インサイド・ジョブ』英語公式サイト:http://www.sonyclassics.com/insidejob/