『The Iron Lady』(邦題『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙 / The Iron Lady』)


マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙 / The Iron Lady』写真クレジット:The Weinstein Company

マーガレット・サッチャーの映画を観たいだろうか。英国初(西洋世界でも初)の女性首相として1979年〜90年まで在任、国内政治としては規制緩和と民営化による「小さな政府」への転換政策を押し進めた。対外的には1982年のフォークランド紛争が記憶に残る。
アルゼンチン軍の侵略に対して速攻で軍事的反撃に出てあっという間に敵軍を撃退。レーガンや中曽根などと並ぶ新保守主義者で、その強硬な政治姿勢から鉄の女と呼ばれた。そんな政治家の映画を観る気にさせたのは、メリル・ストリープが彼女を演じていたからだ。

ストリープは、『ジュリー・アンド・ジュリア』でジュリア・チャイルドを演じた時もそうだったが、そっくりとかモノマネの範囲を越えて、役柄を演じている時に彼女自身が完全に消えて、見えなくなる。

本作ではサッチャーが首相だった50歳代から80歳代までを演じているが、笑い方から手の上げ方、振り向き方などの所作にサッチャーその人が入っている。憑衣とかチャネリングとかいう表現がピッタリ。それが本作の唯一の見どころと言い切って良いだろう。

物語は認知症のために混濁した意識の中で過去を回想する81才のサッチャーの数日間を描く。雑貨屋の娘として生まれた彼女が、大志を抱いて政治家になる夢を持った20代から、生涯彼女を支えた優しい夫デニス・サッチャー(老年期はジム・ブロードベント)との出会い、たった一人の女性議員として国会に向かい、その後首相に就任、在任中の数々の政策実行と国民の反発…。年齢を追いながら彼女の記憶に残る日々が点描される。

監督は『マンマ・ミーア』のフィリダ・ロイドで、脚本は英国の気鋭の女性脚本家アビ・モーガン。彼女たちは、男性社会で最強の権力を握っていった女性リーダー像を、夫婦愛と強い信条に支えられた本人の回想という虚構を通して、過度に美化することなく描こうとしたように思う。しかし主人公の主観に比重が置かれているために、批評性を欠いた人物像になってしまった。政治家は何をしたかで評価されるべきではないだろうか。

ただ本作品を通じて、サッチャーが「鉄の女」であり続けられた背景に、女が主張する強硬策に反対すると「弱い男」と見なされるという閣内の男達の思惑や沽券あったのではないか、という感想を持った。事実、彼女が閣僚たちに「臆病者」と吐き捨てるように言うシーンが何回か出てくる。男達は臆病者呼ばわれを避けるために彼女の強さを支え、ある意味で利用して強硬な保守政権を持続させたのではないか。だとすれば、彼女は図らずも女であることの恩恵を受けた政治家と言えるのかもしれない。

上映時間:1時間45分。サンフランシスコは1月13日より上映開始予定。
『The Iron Lady』英語公式サイト:http://weinsteinco.com/sites/iron-lady/
マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙 / The Iron Lady』日本語公式サイト:http://ironlady.gaga.ne.jp/