"Vision of Abolition"


写真クレジット:Vision of Abolition
「刑務所産業複合体」という言葉を知っているだろうか。知人のセツ・シゲマツさん(以下敬称略)が撮ったドキュメンタリー映画Vision of Abolition−from Critical Resistance to A New Way of Life』(意訳:撤廃へのヴィジョン)を観て初めて知った言葉で、刑務所が企業の利潤追求の道具になっているという意味が込められている。
刑務所とビジネスと言われると受刑者を安く働かせて企業が儲けて…というイメージを持つが、現代の刑務所ビジネスは大違い。

受刑者を増やして刑務所をたくさん作り、最先端の警備システムを設置し、衣服、食料、医療を与え、高い電話料金を徴収し、刑務所経営に関連する企業に利潤を上げさせる。田舎町に刑務所を作れば地元に仕事が増えるし、という訳で原発みたいにどんどん作って金儲け、というのが刑務所に名を借りた産業複合体の実態だ。イラク戦争が、土木作業から警備まで戦闘以外のあらゆる兵站業務をアウトソーシングして、軍事産業複合体を儲けさせていた構造と同じ。

現在カリフォルニア州(以下加州)には33も刑務所があり、州財政の中ではこれら矯正と更正に掛かる経費は約8億ドル。トップの教育費34億ドルから数えて4番目に多い支出額だ。なるほどオイシいビジネスに違いない。

米国の刑務所収監者が世界で一番多く、全世界約900百万いる収監者の中で米国はなんと230万人、全対比で27%も占めている、というのも本作で知った。いくら米国に犯罪が多いからと言われても不自然な多さ。その背景を分析し、最終ゴールとして刑務所撤廃を目指す運動を続けるアフリカ系の女性たちの意見と活動を記録したのが本作だ。

えん罪による収監経験があり『監獄ビジネス―グローバリズムと産獄複合体』の著書もあるアンジェラ・デイヴィスや、奴隷制度の変形としての刑務所問題を指摘する学者のルース・ウィルソン・ギルモア、刑務所撤廃運動を長年続ける加州の若い女性活動家や、受刑経験のある女性たちの自立の家をロサンゼルスに創立したスーザン・バートンなどの貴重な声を聞くことが出来る。

米国で収監者が増え始めたのは80年初頭の「麻薬との戦争」を宣言した頃からで、当時25万ほどだった収監者が、規制麻薬に対する厳罰主義によって増え続け08年には230万人と約30年ほどで10倍近くに跳ね上がっている。

現在、収監者の割合は、傷害や殺人などの暴力犯罪は犯罪全体の10%程度で、残りは規制薬物の所持か販売目的での規制薬物所持などの軽犯罪がほとんど。しかも麻薬関連の収監者の74%がアフリカ系。同じ容疑の逮捕者の2/3は白人であるにも関わらずアフリカ系に収監者が多いということは、逮捕後に正当な裁判や弁護を受けられなかったからだろう。

麻薬関連の収監者は貧しく教育を受けていない人が多く、何度も同じ罪で刑務所に逆戻りする。三回逮捕された者には厳罰もしくは終身刑という「スリーストライク法」や簡単に仮釈放を認めないなどの新制度によって、アフリカ系をターゲットとした逮捕/収監/出所/再逮捕の構造が出来上がり、収監者数が増え続けて現在に至っているのだ。

刑務所という名の檻の中で狭いベットに寝かされ、自由を奪われた収監者たちを、かつての奴隷の扱いと同じだと見抜いたギルモアらの慧眼に感服する。本作のタイトルのAbolitionには「奴隷制度廃止」の意味を含まれているのはそのためで、デイヴィスは「刑務所は全廃出来る」と大きな理想を語っている。

何度も受刑経験のあるバートンは出所後の再出発の難しさを痛感して、98年にたった一人で自立の家を始めた。その家も現在5軒に増え、自立を果たした元受刑者たちが7割にものぼる成果を上げている。自立の家に集まる女性たちは、入所時に裸になって屈辱的な身体検査をされたことや、人間としての誇りを徹底的に砕かれる受刑体験を他の女性たちと語り合い、自立の第一歩としている。

本作を観て思ったことは、学者、活動家、受刑体験者が三位一体となって活動が続いていることの力強さだった。学者が分析や理想を語るだけでなく、彼女らの語る言葉が他の女たちの知となり、身となっていること。また、学者たちも彼女らと共に活動し、その活動を通じて考え発言する、という運動体としては理想的な姿が感じられたのが、なによりも良かった。

さまざまな立場にいる女性たちが太く大きな根を共有して互いに養分を補い合う、そんな姿を見事に描き出してくれたシゲマツ監督の初作品に賛辞を送りたい。

最後になったが、彼女は日系カナダ人でカリフォルニア大学リバーサイド校の助教授。05年からバートンらと活動を共にし、本作は教材目的で製作されている。英語公式サイトhttp://www.visionsofabolition.org/に行くと教材用のテキストがダウンロードできる。また彼女の近刊に70年代の日本のウーマンリブを研究した労作『Scream from the Shadows−the women's liberation movement of Japan』がある。
http://www.youtube.com/watch?v=C9BODVxzNQk
"Vision of Abolition"紹介ビデオ