"I Wish"(原題『奇跡』)


『奇跡』写真クレジット:Magnolia Pictures
小学4年の頃、どんな夢を持っていただろう。本作を観ながらしばし子供時代を思い返してみるのも悪くない。二度観たが二度目の方が味わいが深かった。物語の展開よりもモリモリと食べ、ぐっすりと眠り、やたらと走っては濃い空気にむせたあの頃の鮮やかな五感が蘇る。
親に捨てられた子供を描いた『誰も知らない』で高い評価を受けた是枝裕和監督の最新作。当地で作品が劇場上映される数少ない日本人監督の一人である。本作も子供が主人公だが、彼の作品には珍しく明るくほのぼのした家族のドラマ。子供たちの黒く光る瞳やぱっと輝く表情を捉えた美しい映像をぜひ劇場のスクリーンで堪能して欲しい。

鹿児島で母(大塚寧々)とその両親(橋爪功樹木希林)と暮らす小学6年生の航一(前田航基)と、福岡で父親(オダギリジョー)と暮らす4年生の龍之介(前田旺志郎)の兄弟が主人公。両親の離婚で離れて暮らすようになってまだ半年、鹿児島の生活に慣れない航一にとって家族が再び一緒に暮らせることが夢。

そんな航一がクラスメートから、九州新幹線開業の朝、博多発「つばめ」と鹿児島発「さくら」がすれ違う時に奇跡が起きて願いが叶う、という話を聞いて心動かされる。家族が元通りに暮らせる奇跡を起そう思い立った航一は、福岡の弟を誘い、それぞれの友達も加わえて冒険旅行の計画を進めていく。

家族の絆を取り戻そうと奮闘する小学生の話だが邦画にありがちな泣かせの演出はなく、一泊旅行という大冒険計画に熱中する子供たちの生き生きとした様子と、彼らをふわりと見守る大人たちを繊細なタッチで描いていく。

家族同士の遠慮のない会話やさりげない動作を的確に捉えて日本の家族像を浮き彫りにしていく手腕は『歩いても歩いても』で実証済みの是枝監督。本作でもその演出力は冴え、教師役の阿部寛長澤まさみ、昨年亡くなった原田芳雄などをチラリと登場させて脇を引き締めているのも良かった。

登場する7人の子供たちの半分は素人だが、主演の兄弟は小学生漫才コンビ「まえだまえだ」が演じている。オーディションで兄弟に魅了された監督が、脚本を彼らの性格と生活背景に合わせて書き変えるほどの惚れ込みようだったという。しかし、適役だったかと言われると疑問が残る。台詞の多い役なので素人の子供には難役だったのだと思うが、主演の兄弟が交わす会話がお笑い芸人風で鼻につくのだ。

むしろ、子供たちが脚本なしで自由に語ったそれぞれの夢を語るシーンが数段に優れており、是枝監督らしさが感じられた。感傷過多の多い邦画の中では抜きん出た作品だと思うが、是枝作品としては佳作の出来映え。ちょっと残念ではあった。
上映時間:2時間8分。サンフランシスコはオペラ・プラザで上映中。
『奇跡』日本語公式サイト:http://kiseki.gaga.ne.jp/
『奇跡』英語公式サイト:http://www.magpictures.com/iwish/