『Amour』(邦題『愛、アムール』)


愛、アムール』写真クレジット:Sony Pictures Classics
試写が終わった時、いつもはざわつく上映室にシーンとした沈黙が広がった。誰も言葉を発せず、暗い上映室からそっと腰をあげて退室する。私も深い森の中から、外界に歩き出るような錯覚をもった。
12年のカンヌ映画祭で最高賞のパルムドールを受賞したミヒャエル・ハネケ監督の最新作で、オリジナル脚本も彼が書いている。09年の『白いリボン』に続く二度目のパルムドール。前作ではナチス台頭前の邪悪で不吉な時代を描いて震撼とさせてくれたが、本作ではうって変わり題名の通りパリに暮らす老夫婦の愛を描いて心に静かな波紋を広げてくれた。

「ジョルジュとアンヌは80代。彼らは退職した洗練された音楽教師である。彼らの娘も音楽家で海外に暮らしている。ある日、アンヌに発作が起きた。夫婦の愛の絆は厳しい試練を受けることになる。」

プレスノートにあるたった5行のあらすじ。確かにこれ以上の説明はいらないのかもしれない。もし付け加えるとすれば、ジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティ二ャン)とアンヌ(エマニュエル・リヴァ)は実に仲の良い夫婦であり、音楽を愛する最良の友であった。
そんな二人の生活を一変させたアンヌの発病。手術、退院後、半身が不随となったアンヌはもう絶対に病院には行かせないでくれ、とジョルジュに頼み、誓わせる。時折訪ねてくる一人娘のエヴァイザベル・ユペール)は母を病院に入れることを勧めるのだが、父は母の約束を守り続け、献身的な介護を続けるのだった。

実は私の両親がこの夫婦とまったく同じ状況にあり、時々両親を訪ねては感情的になり、アレコレと提案をするエヴァを見ていて、まるで自分自身を見ているような気になった。なぜ体力の落ちた父は無理をおして母の介護をし続けるのか。私もエヴァのように何度も父に問いかけた。しかし、娘には絶対に立ち入ることの出来ない夫婦の関係というものが存在する。二人の選択への敬意を忘れてはならないのだ。

胸が締め付けられるエンディング。だが、冷静に見つめていると最良の選択であったと思えるハネケ監督ならでは見事な終わせ方である。

古いフランス映画ファンなら懐かしいトランティ二ャン(『男と女』)とリヴァ(『ヒロシマモナムール』)の演技も極め付きに素晴らしく、本作に美しい風格を与えている。英語にInstant Classic という言い方があるが、本作はまさにそれであった。
上映時間:2時間7分。サンフランシスコはクレイ・シアターで上映中。
"Amour" 英語公式サイト:http://www.sonyclassics.com/amour/
愛、アムール』日本語公式サイト:http://ai-movie.jp/