『NO』(原題『ノー』)


『NO』写真クレジット:Sony Picture Classics
1973年、チリのアジェンデ社会党政権がクーデターによって倒された。米国の支援を受けたピノチェト将軍率いる軍事クーデターで、大統領府は爆破され、アジェンデ大統領ほか千人以上の人々が殺害された。その後ピノチェト独裁による軍事政権が生まれ、以来反対派が何万人と拘束され、夥しい数の人々の行方が未だに知れない、という弾圧と恐怖の政治が続く。そして16年半経た1988年、ピノチェト政権の是非を問う国民投票が行われ、国民はついに政権に「NO」の声を上げる機会を得た。
本作はこの国民投票に向けてピノチェト反対派=「NO」陣営がどの様な闘いをしたのかを描いて、興味深い。今年のアカデミー外国映画賞にチリからノミネートされ、昨年のカンヌ映画祭でも高く評価された作品だ。

「NO」陣営は、TVで自分たちの意見をアピールする時間を獲得した。政府をバックに圧倒的な資金力でCMを流す「YES」陣営に対抗すべく、「NO」陣営は辣腕の広告マン、レネ(ガエル・ガルシア・ベルナル)に広告キャンペーンの依頼にやってくる。

レネ自身は広告代理店のエグゼクティブとして豊かな生活に満足し、政治には無関心な男。ただ、別れた妻が反対派にいて何度も逮捕されているのを見ているので、社長の反対を無視して承諾してしまう。ところが、長年命を掛けて政権に立ち向かってきた活動家たちは、レネが作ったキャンペーン・ビデオに、仰天してしまう。まるでコカコーラのCMみたいなのである。ところが、これをオンエアしたところ、CMに使った歌が大ヒットしてしまう。

信じ難いような話だが実話である。レネはラテンアメリカ広告祭でいくつも賞を取っている実在の広告マン、本作中で使われた「NO」のCMや歌も当時のものだ。確かに軍事政権の弾圧を思い起させる重さや暗さがなく、大きな虹をアイコンに使ったカラフルで爽やか、ユーモアもたっぷりあって見やすいCM。「チリよ,喜びはもうすぐやって来る」と繰り返すテーマ曲も心地よく耳に残る。

政権への怒りよりも未来への希望を、というキャンペーンが国民の心を掴んだ、ということになるのだろう。この事実は、とかく怒りが先行しがちな反権力運動が見落としがちな側面ではないだろうか。今、世界各地で起きている反政府運動に向けて、作り手はきっとそのことを伝えたかったのかもしれない。

監督はチリのパブロ・ララインで、ピノチェト政権に関する映画を二作品撮っており、本作は三部作最後の作品になる。CMの画質と合わせるために、日本製のヴィンテージ・カメラを使って粗い映像にし、ドキュメンタリー映画のような感覚を出しているのが特徴的だ。製作には主演のベルナルの製作会社が参加。彼はここ数年南アメリカで起きた反政府運動に関する映画を製作、主演して意気軒昂だ。

上映時間:1時間50分。サンフランシスコは3月1日より劇場公開予定。
『NO』英語公式サイト:http://sonyclassics.com/no/