"Beasts of the Southern Wild"(邦題『ハッシュパピー 〜バスタブ島の少女〜』)


"Beasts of the Southern Wild" 写真クレジット:Fox Searchlight Pictures
邦題は少女漫画っぽいが、原題の意味は「ワイルドな南部に生きるけものたち」という感じか。イノシシみたいな巨大な架空動物が出てくるファンタジー映画なのだが、ドキュメタリー映画にも見えるし、底抜けに天真爛漫だったり、結構シビアなドラマもあったりで、一言では括り切れない万華鏡みたいな映画だ。
主人公を演じた6才の女の子がキリリとして愛らしく、この子を見るだけもこの映画の価値はあった、と思っていたら今年のアカデミー賞主演女優賞に最年少でノミネートされている。「これぞインディ映画の見本」という低予算と作り手の熱意で作られた作品で、昨年のサンダンス国際映画祭グランプリやカンヌ国際映画祭カメラドールなど多くの映画賞を受賞している。

舞台はメキシコ湾に面したルイジアナ州南部の海岸に沿った沖積平野。沼地や海岸の湿地帯に小さな島が点在して、入り組んだ地形を作っている。05年のハリケーン・カタリーナによって大きな被害が出た辺り、と思って欲しい。この湿地帯にあるバスタブ島の廃屋に暮らす6歳のハッシュパピー (クヮヴェンジャネ・ウォレス)と父親のウィンク(ドワイト・ヘンリー )のお話である。

かなり貧しい暮らしの親子だが、ハッシュパピーはその日その日を南部の空気のように濃密に生きている。いつも白い長靴を履いて沼地を歩きまわり、虫たちの動きを観察したり、ポツリポツリと沼に降り出す雨やドラマチックに変化する雨雲を見つめる。ある時は、大きなテーブルにぶちまけられた大漁のカニやエビにむしゃぶりついて…。

始めも終わりもない豊かで混沌とした日々を送るハッシュパピーにとって、ウィンクは大好きな父親。ところが彼は娘に優しい言葉を掛けてやれず、いつも怒鳴ってばかりだ。そんなウィンクが体調を崩した。ハッシュパピーが心配を始めると「You are the man」(お前は大したものだ)と連呼して娘を元気づけるのだった。そして、バスタブ島に大きなハリケーンがやってきた…。

判りやすい物語の展開はなく、幼い少女の生きる世界と溢れる想像力を鮮やかな映像と詩的な台詞を通して見せていくユニークな作品だ。きっと黒人の女性作家が書いた原作本があるに違いないと思っていたら、原作である舞台劇『Juicy and Delicious』を書いたのは若い白人ルーシー・アリバーだった。

子供の頃にヌトザケ・シャンゲの書いた『死ぬことを考えた黒い女たちのために』を読んで「ぶっとんだ」そうで、以来南部文学に魅了されてきたと言う。本作は南部で育った彼女と父親の関係を下地とした自伝的内容。小柄で洗練されたアリバーの写真を見ていると、本作で描かれた「ワイルドな南部」世界との違いを感じるのだが、反面南部文学の伝統が人種に関係なく読み継がれ、新しい表現を生み出してきたのだな、と頼もしい気分になってくる。

監督のベン・ザイトリンとはおさな馴染みというのも異色だ。子供の頃から物語を書いてはザイトリンに読ませていたというアリバー。本作では初めて彼と脚本を書き上げた。親友と呼んでも良い関係で、二人の関係についてアリバーは面白いことを言っている。
「ハリウッドで女性脚本家として差別的な扱いを受けなかったと言えば嘘になります。でも、ここ数年で確実に変わった気がします。たとえば今やトップを走るキャスリン・ビグロー監督は脚本家のマーク・ボールと素晴らしい仕事をしていますが、二人の関係について誰も聞きません。2、3年前は私とベンの関係について恋人同士なのか、と必ず聞かれたものですが、最近はまったく聞かれなくなりました。そういう意味では変わって来ていると思います。」

女と男がコラボで良い仕事をすると、まず二人の関係を聞かれるってのも、実に古くさい感覚だな。そんな問いを寄せ付けないビグロー監督の再登場となったが、最先端を走る女がいることで確実に後を走る女たちが恩恵を受けているってことなんだろう。

上映時間:91分。サンフランシスコはオペラ・プラザで上映中。
"Beasts of the Southern Wild"英語公式サイト:http://www.foxsearchlight.com/beastsofthesouthernwild/
ハッシュパピー 〜バスタブ島の少女〜』日本語公式サイト:http://www.bathtub-movie.com/