"Ginger & Rosa"(原題『ジンジャーの朝 さよならわたしが愛した世界』)


『ジンジャーの朝 さよならわたしが愛した世界』写真クレジット:A24
ティーンの頃、仲の良い友達とよく長電話をした。ビートルズや映画、学生運動、母親への腹立ち、教師への不満などなど、なぜあんなに何でも話しが出来たのだろう。あの頃の友達に抱いた親しい感情には垣根がなく、思ったことを何の屈託もなく言葉し、会話のラリーは何時間も続いた。少女期の至福とでも呼びたい幸せな時期。あの頃に比べるとなんと屈託の多い現在の自分だろうか、なんてことをしみじみと思わせてくれたのが本作だ。

オリジナル脚本/監督は『オルランド』のサリー・ポッター。大を二つぐらい付けたいほど好きな監督で、『耳に残るは君の歌声』や『愛をつづる詩 』など女性を主人公にした秀作映画を作り続けている人だ。

本作で彼女が描いた多感な少女の友情物語には、ハリウッド映画などでは決して描かれることのない少女期のたおやかな感性が鮮やかに映し出され、夢心地にさせてくれるものがあった。

舞台は1962年のロンドン。1945年の同じ日に生まれたジンジャー(エル・ファニング)とローザ(アリス・イングラート)は16歳。二人はクールなビートニクスタイルもお揃いで、いつも一緒に行動する大の親友同士だ。政治やファッション、宗教や文学、なんでも語りあい、夜の街に出て小さな冒険を楽しむ。

ジンジャーの父ローランド(アレッサンドロ・ニヴォラ)は平和主義者を自任するインテリで、娘に自由な考えや権威主義の欺瞞を説く素敵な父親。そんな父が大好きで彼の影響を受けているジンジャーは、当時世界中を震撼させていたキューバ危機の最中、原子爆弾で世界が滅亡するのではないかという不安を募らせていた。

父親のいないローザは政治には無関心で、やや早熟。知的でハンサムなローランドに惹かれていた。始めはローザの片思いだったが、ジンジャーの両親が別居したのを機に、なんとローザとローランドの関係は恋愛へと発展していく。

父と親友の恋愛関係なんてジンジャーにとって最悪のシナリオである。それが分かっていながらローザとの関係を選んだローランドという男の身勝手さ、自由を標榜するインテリ男の決定的無神経さをズバリと衝いた展開である。しかも、最後の最後まで考えを変えない主義主張の男に見えるように演出されていたのも面白かった。

二人の関係を知ったジンジャーの反応も秀逸だ。母親に内緒にしようと気を配るところが健気で、父とローザが自分を裏切ったという自覚もなく、ただただ驚きでぼう然としてしまうのだ。生まれて初めて体験した失望失意の衝撃に涙をボロボロ流すしかなく、言うべき言葉すら見つからないジンジャー。

大きな目を見開いて衝撃の大きさを表現するファニングが素晴らしい。撮影当時14歳だったそうだが、天才子役と呼ばれたダコタお姉さんとは違った大輪の才能だと感心した。ちなみにローザを演じたイングラートは、『ピアノ』の映画監督ジェーン・カンピオンの娘さんだ。

ポッターの自伝的作品?と誰もが思うが、本人は虚構だと言い、ただ彼女が12歳の頃にキューバ危機があって自分もジンジャーのように感じたのだ、という話をしている。

62年と言えばまだ反戦運動学生運動が始まる前、そんな時代の中でジンジャーは少女のイノセンスを失った。それは第二次大戦後の平和への期待が崩れさった時代とも重なる。私はジンジャーのその後を見てみたいという強い気持ちに駆られたが、ポッターが16歳で高校を辞めて映画監督になったという経歴を知って、ニヤリとしてしまった。ジンジャーは映画監督になったに違いない。

上映時間:1時間29分。
"Ginger & Rosa" 英語公式サイト:http://gingerandrosa.com/