"Terraferma"(邦題『海と大陸』)


写真クレジット:Cohen Media Group
だいぶ前のこと、観光フェリーに乗っていたら、近くを航海していた船でぼやがあり、フェリーが方向転換をしてその船の救助に向かったことがある。観光船でも救助をするのかと、ちょっと驚いたが、海上で他の船舶の事故などに遭遇したら、近くの船が救助に向かうのは、海の上の決まりらしい。
本作に登場する漁師も同じことをした。漁をしている時に、溺れかかった人を助けたのである。ところが、これは違法行為だという。なぜなら、助けた人間たちが難民だったからだ。

南イタリアの小さなリノーサ島を舞台にした物語だ。海で父を亡くした20歳の漁師フィリッポ(フィリッポ・プチッロ)はある夜、祖父エルネスト(ミンモ・クティッキオ)と共に漁に出て、溺れかかった妊婦とその息子を助ける。溺れた人を助けるのは海の掟だ、と言う祖父。違法は承知の上で、母子は彼らの家にかくまわれた。
フィリッポの母(ドナテッラ・フィノッキアーロ)は、頑固一徹で貧しい暮らしを顧みない養父のやり方を嫌い、古い家を改装して観光客を泊める宿屋を始める。街からやってきた若者たちに眩惑される素朴なフィリッポは、ある晩、客の若い女を乗せて夜の海に出かけ、またしても溺れかかった大勢のアフリカ難民に取り囲まれて激しく動転する。

自転車泥棒』などイタリア・ネオリアリズムの作風を思わせるオーソドックスな語り口で、貧しい暮らしの中でギリギリの選択をしていく人々の心情を描き出した秀作だ。第68回ヴェネツィア国際映画祭で審査員特別賞を受賞している。オリジナル脚本と監督は本作が長編4作目のエマヌエーレ・クリアレーゼ。06年『新世界』、02年の『グラツィアの島』ともに島の暮らしや島からの脱出をテーマにしており三部作の感がある。

若いフィリッポは、漁師を辞めて観光業を始めた叔父と、海の掟を生き続ける祖父に挟まれて自分の道を決めかねる。また本土に行きたいと願っている母は、大陸に新天地を見いだそうとする難民の女の出産を助け、彼女に共感を持ち始めるのだった。

時代が止まったかのような島に押し寄せる時代の変化を生きる人々の姿が、丁寧に描かれていく。時間の前後を組み替えたり、追憶などを挟みながら見せていく技巧を凝らした作品を見慣れた人には、ややシンプルに感じられるかもしれないが、私には懐かしい感じがあって心地良かった。

難民がイタリアの島に漂着するピークを迎えた頃に作られた作品ということで、難民を助けるか否かは、漁師たちにとっては切実な問題だったのだろう。溺れかかった人を助ける「海の掟」を貫けた祖父の世代と、溺れかかった人を助けると罪になる現代。その落差を突き抜けようとするフィリッポの最後の行動に、監督の島で生きる人々への思いが込められている気がした。
上映時間:1時間28分。
"Terraferma" 英語公式サイト:http://cohenmedia.net/terraferma/synopsis/