『バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち』(原題『Twenty Feet from Stardom』)


『バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち』写真クレジット:Radius TWC
中学生の頃からビートルズローリング・ストーンズなどの英国のロックを聞き始めたが、バックアップシンガー(以下BUシンガー)について無知だった。ところが本作を観て目からウロコ。彼女たちってものすごく歌の巧い人たちなのだ。ところが、自らのスターダムを掴むことが出来ないまま、人気ロックバンドのBUシンガーとしての仕事をし、ヒット曲に素晴らしいハーモニーを提供してきた。
本作は、ライトを浴びる人気ロッカーの後方20フィートの場所で歌い続けてきた女性シンガーたちの矜持と歌への思い、見事な歌いっぷりに圧倒されるイチオシのドキュメンタリー映画だ。今年のサンダンス映画祭で高く評価され、この夏に全米でマイナーなヒット。現在でもロングランが続き我が町ヒロでも上映された。

初っぱなから登場するのは、大御所ロッカーのブルース・スプリングスティーン。人気ロッカーになればなるほどBUシンガーの大切さを知っている、という感じで、ミック・ジャガーやスティングなど大物ロッカーたちが次々に登場し、彼らと女性シンガーらとの切っても切れない音楽的関係について語っている。

登場するBUシンガーは、音楽雑誌ローリング・ストーンで歴史上最も偉大な100人のシンガーに選ばれたダーレン・ラヴ、ローリング・ストーンズの「ギミー・シェルター」でジャガーとデュエットしたメリー・クレイトン、ストーンズのBUシンガーでブラウン・シュガーと異名をとり美貌でも知られたクラウディア・レニア、70年代にソロで活躍したタタ・ヴェガ、現在もローリング・ストーンズのツアーに必ず参加するリサ・フィッシャー、そしてお母さんが日本人のジュディス・ヒル、彼女はまだ20代でマイケル・ジャクソンとデュエットをしていた。

それぞれに歌声も素晴らしいが、個性も極めつけ。彼女たちが語る「スターダムから20フィート」の物語は人の運不運というものについて考えさせてくれる。

有名プロデューサーに騙されて自らのでデビューを飾れなかったラヴ、かつてはセックスシンボルとまで呼ばれたが今は教師をしているレニア、70年代にアルバムデビューをしたがアレサ・フランクリンと似ていると言われチャンスを逃したクレイトン、マイケル・ジャクソンの死によって世界の注目を浴びる寸前にその機を逸したヒルなど、圧倒的な歌唱力があってもスターダムには繫がらない音楽業界の難しさを伝えている。

また本作は60年代初頭はアフリカ系のBUシンガーを使う歌手やバンドは米国には居なかったこと、当時のBUシンガーがお決まりの「ウーワーワッワッ」とコーラスを入れていた頃、ラブが米国では初めてパンチの利いたバックコーラスをして音楽界に衝撃を与えたこと、英国のロッカーたちがソウルフルな楽曲作りを目指して積極的にクレイトンらを使ってロックとゴスペルの融合を図ったこと、現在はBUシンガーの声すらもデジタル化されてナマの歌声を使う機会が減ったことなど、ロックンロールの歴史を辿ってファンとしては興味深いものがあった。

本作中最も強い印象を残したのは、50代のリサ・フィッシャーで80年代にはグラミー賞まで受賞したソロ・アーティストだったのだが、現在はもっぱらBUシンガーの仕事ばかり。
ストーンズのツアーにいつも参加しているから自分のキャリアが育たない」と苦言を言う仲間もいる。しかし、彼女は「自分はお金や名声が欲しい訳ではなくて、歌っている感じが好きなのだ」と語る。一度は手に入れたスターダムだったが、あまり居心地の良い場所ではなかったのだろうか。彼女こそ100万人に一人という天才的シンガーだと思うが、スターダムへの欲を捨て、歌うことだけに身を任せているかのようだ。彼女がスティングと歌っている場面は本作の白眉で、歌うというより体全体が楽器のように共振する歌唱法に魅了された。

その逆ではあるが、スターダムを目指して努力を惜しまないヒルの夢を追う姿には清々しいものがあり、エンディングで彼女とフィッシャーらが、現役バリバリのクレイトンのバックコーラスをしているシーンは胸にグッと来る。「私の歌唱力は神から貰ったギフト」と言うクレイトン。気負いでも自惚れでもなく、こんなことが言えるってすごく素敵だ。
監督は音楽関係のドキュメタリー作品を多く作ってきたモーガン・ニーヴィル。

上映時間:1時間31分。日本では12月14日から全国各地で順次公開予定。
『Twenty Feet from Stardom』英語公式サイト:http://twentyfeetfromstardom.com/
『バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち』日本語公式サイト:http://center20.com/