"Spinning Plates"


煙草の葉から抽出した香りのエッセンスをプラスチックバッグに集め、数カ所小さな穴を開けてピローカバーに入れる。その上に料理を盛った皿を乗せると、重さでバッグに溜まった煙草の香りが少しずつ出てきて、料理を食べる人はほのかな煙草の葉の香りに包まれる……。
これが本作で紹介される一人目のシェフ、グラン・アケッツの料理である。ミシュランで3つ星を獲得したシカゴのレストラン「アリネア」のシェフで、米タイム誌でシェフとしてただ一人「世界で最も影響力ある100人」選ばれた人だ。
彼の料理をバカバカしいと思うか、アートを思うかは人によるだろう。確かにこれが料理? と思わせる創造性豊かな凝りに凝った料理法が紹介される。そして一変、典型的なアメリカ料理を出すダイナーと小さなメキシカン・レストランが登場する。

はて、本作は何を狙ったドキュメタリー映画のなのだろう。テレビでは毎日レストランや料理を紹介する番組が溢れかえっているではないか……と思いつつ、つい最後まで見てしまった。
「おいしい、おいしい」を連発するテレビ番組では触れることのできないレストラン経営を生きる人々の信条と誇り、それぞれを襲った厳しい試練を描いてさまざまな思いを残してくれた。

150年続くアイオアの名店「ブライトバック・カントリー・ダイニング」は、週末には2,000食を出すという超人気ダイナー。朝も早くから近所の人がコーヒーや朝食を求めて集う、町の集会所の役割も果たす小さな町の大きな店だ。歩けない人のために料理を配達する夫、巨大なキッチンでパイを焼き続ける妻、朝食担当の娘やバーを受け持つ息子など、強力な絆を持つ家族経営とコミュニティーへの貢献がこのレストランの身上だ。朝から晩まで一家総出で本当によく働く人たち。怠け者ではレストランは経営できないのだ。

それはアリゾナ州ツーソンの「ラ・コチナ・デ・ガビー」も同じだ。住宅ローンを払えない状況の中で、妻ガビーの手料理を食べてもらおうとレストランを始めた夫婦の日々。3歳の愛娘をキッチンで遊ばせながら、母や妹など一族総出でレストランの経営に当たる。「妻の料理はエンジェルの料理」と言う夫の愛妻ぶりが微笑ましく、2人の愛がこのレストランの隠し味ではないかと合点する。ガビーの言う「真の味付けは作る人の手の中にある」は、けだし名言だ。

さて、この中のどのレストランで食べてみたいか? 3時間のコースで$500は下らないという「アリネア」か。美術品のような料理を体感してみたい気はするが、自腹を切る気にはなれない。ガビーの手料理ならぜひ食べてみたい。盛大に人が集まる「ブライトバック」も一度体験として行ってみたい、などと思いながら料理は人なのだと思い至る。
シェフの生き方や人間性を食するのがレストラン料理の醍醐味。その意味では「アリネア」もガビーの手料理も同じといえる。テレビでフード番組などを多く作ってきたジョセフ・レビー監督は、たぶんそんなことを伝えたかったのではないだろうか。
上映時間:1時間33分。
"Spinning Plates" 英語公式サイトhttp://www.spinningplatesmovie.com/