"Cutie and the Boxer"(邦題『キューティー&ボクサー』)


写真クレジット:Radius 
NYに40年在住する現代美術家の夫婦、篠原有司男と乃り子を追ったドキュメンタリー映画。本年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた。
本作は二人が暮らす狭いアパートから始まる。家賃や光熱費が払えないと言う乃り子に「なんとかするさ」と返す有司男。だが、当てがあようには見えない。二人はどんな風に生きて来たのか。

有司男は1960年に赤瀬川原平らと「ネオダダイズム・オルガナイザーズ」を結成。ボクシングのグローブに絵の具を付けてキャンバスを連打する独特な画法で知られる。69年に渡米、一時は時の人としてメディアに取り上げられた。

乃り子は19歳で美術学校留学のためにNYに来てすぐに21歳年上の有司男と恋に落ち、共に暮し始める。半年後に妊娠するが、有司男はアル中、親からの仕送りも途絶えて、乃り子の厳しい日々が始まった。

80歳を越えた現在でもボクシング・ペインティングをする有司男のエネルギッシュな姿と、作品にみなぎる力に「アートは格闘技」という感を持つ。極彩色のオートバイの彫刻も彼が長年作り続けているもので、彼が筋金入りのアーティストであることは納得である。

常に前進し、創作意欲の衰えを見せない有司男を陽とすれば、乃り子は陰だ。アル中の夫と幼い息子を抱えて貧困の中を生き抜いてきた苦渋の日々、夫婦で画家を続けるための乃り子の忍耐は想像に難くない。

有司男に対して「私は秘書でアシスタントでシェフ」と言い、辛辣なコメントを吐く乃り子。有司男はただウンウンと頷くばかり。言葉使いの荒い彼だが、時々乃り子へ向ける表情には少年のような照れがあり、彼女が彼の人生にとって欠けがいの存在であることが伝わる。

厳しい言葉の多い乃り子だが毒っぽさがなく、60歳を目前にして新作を精力的に描き続けている。本作のタイトルである『Cutie and the Boxer』は、彼女が二人の関係を描いている『Cuite and Bully』シリーズから名付けられた。

「自分はCuiteほど彼を手なずけられなかった」という乃り子には語り切れない思いがあるのだろう。言葉にならない部分が作品として昇華されている。

大真面目なのにユーモラスな有司男と辛抱強くピュアな乃り子。若い頃はきっと大喧嘩もしただろうが、関係が損なわれた感じがなく、全編を通して二人の愛とアートへの情熱が本作を彩って気持ち良い映画作品にしている。

監督は24歳の時に二人に出会って魅了されたというザッカリー・ハインザーリング。4年を掛けて完成させた初長編作品で、彼の二人への敬愛が本作の核になっている。昨年のサンダンス映画祭ドキュメンタリー部門監督賞を受賞。音楽はサキソフォン奏者でもある清水靖晃だ。

上映時間:1時間21分。iTune Movieで視聴可能。
"Cutie and the Boxer" 英語公式サイト:https://www.facebook.co/cutieandtheboxer

『キューティー&ボクサー』 日本語公式サイト:http://www.cutieandboxer.com/