"The Punk Singer"


"The Punk Singer" 写真クレジット: Sophie Howarth
女として飢えていろと教えられた
女はみんな渇きを知っている
そうよ、私たちは何でも食べる
あんたの憎しみすら愛のように食い尽くしている
あんたの憎しみを愛のように喰う
それってどんな感じ?
盲目って感じよ。

ミニドレスにコンバットブーツ姿で激しく体を動かしながら、マイクに向かって叫ぶように歌うキャサリーン・ハナ。フェミニスト・パンクシンガー、90年代初頭から活動を始め、若い女たちに絶大な支持を受けた伝説的なシンガーだ。
本作は彼女の活動、意見、そして現在を映し出すドキュメンタリー映画。監督のシニ・アンダーソンを始め製作から編集まで全て女性だけで作られた作品で、13年夏に独立系のシアターで公開後、今も全米でロングランが続いている。

「私は女、言いたいことがある、誰も私を黙らせることはできない」。大学生の頃、詩の形態で言葉を発したハナに友人は言った。「詩なんかよりも歌った方がいい」。友達二人に声をかけて始まったギター一つとドラムだけのバンドの練習、全員音楽経験ゼロだったが、ともかく音を出し、ハンナは言いたいことを歌にした。バンド名はビキニ・キル。「フェミニズムとパンクを一緒に語った初めての人」と仲間たちは言う。

ビキニ・キルが活動を始めた頃の映像が多く出てくる。なるほど、ハナはもの凄いパワーで歌い、ステージを跳ね回り、観ているだけでワクワクしてくる。
当時パンクは男の世界で、コンサートでの男たち同士の乱闘は当たり前。女の子たちは危なくて近づけなかったが、ハナはステージ上から「男は後ろ、女の子は前に」と声を掛け、乱闘を禁じた。明確なフェミニズムの指向をもったビキニ・キルの活動は、その後生まれたライオットガール・ムーブメントの一翼を担っていく。

90年代初期の父ブッシュ政権時代、フェミニズムは達成されたというムードが支配していた。だが、女への日常的な差別は厳然としてあり、女子大生への連続殺人が起きていた。女は本当に自由なのか? 当然の問いだったと思う。ライオットガールは音楽やファンジン(自費出版)、ファッションなどを通じてフェミニズムを広げて行こう運動だった。

実は同時代を当地で過ごしながら、こんなクールなフェミニストの動きがあったことを知らなかった。知っていたらきっとステージを観に行っていただろう。彼女たちの動きを一般メディアで知る機会は無かったし、たとえ報道があったとしてもかなり歪められていたはずだ。事実、メディアが彼女たちに貼付けたレッテルは「ヒステリックな強姦被害者の集まり」という醜いもの。日本のウーマンリブ創世記のレッテル「モテないブスのひがみ」と比べても悪意と想像力の貧しさは変わっていない。

その後のハナはバンド解散と新バンドの結成、結婚、個人アルバムの発表などと変化を続けていく。バンド活動を辞めた理由は「もう歌うことがない」だったが、実は体調不良だった。周囲に隠し、我慢して活動を続けた結果、病状は悪化。彼女は本作を通じて初めて闘病の姿を明かしている。

無理にガンバリ屋のフロントガールを演じ続けてしまったのだろうか。フェミニズムが依頼心を嫌うガンバリ屋の女性をたくさん生んだことは確かだが、ガンバルと同時に自分を労り、仲間を信じて頼ることも必要なのだ。現在、優しい夫に支えられているハナを見ていると、フトそんな思いが過った。

一時代を作り、駆け抜けていったキャサリーン・ハナ。彼女は、昨年初頭、反プーチンを掲げて逮捕されたロシアの女性パンク・バンド、プッシー・ライオットの長期拘留に対して、抗議の声を上げている。彼女の歌を今でも口ずさむ女たちは多く、本作の中でも彼女から受けた強い影響や深い思いをそれぞれに語っている。女が女に向けた熱烈な思いを語る、そんな映画は決して多くない。

上映時間:1時間20分。iTune Movie で視聴可能。
"The Punk Singer" 英語公式サイト:http://www.thepunksinger.com/