"Ilo Ilo"


"Ilo Ilo" 写真クレジット:Film Movement
時代はアジア金融危機シンガポールにも大打撃を与えていた1997年。高層マンションで共働きの両親と暮らす10歳のジャールーの元に、フィリピンからメイドのテレサ(アンジェリ・バヤニ)がやってきた。
一人っ子のせいか、わがままで親も手を焼く腕白少年のジャールー。彼の面倒をみるテレサを邪険に扱い、彼女を困らせてばかりだった。だが、妊娠中の母(ヨー・ヤンヤン)と優柔不断な父(テン・ティアンウェン)の間でどこか寂しさを抱えたジャールーは、怪我をしたの機にテレサの優しさと反面の愛情ある厳しさに心を開いていく。

メイドと少年の心の交流を清々しく描いた好作品で、去年のカンヌ映画祭で新人監督賞であるカメラドールを受賞した。監督はシンガポールのアンソニー・チェン、まだ28歳だ。自身の体験を下地に脚本を書いた初長編作品。新人とは思えない安定した演出で、中国語圏のアカデミー賞とも言われる台北金馬奨で作品賞を始め4部門を受賞も果たしている。

筆者はシンガポールの知人宅に滞在したことがあるが、マンションの外観から室内の感じ、家族のメイドの扱いなどが、自分が見たものと酷似していることにまず驚いてしまった。

アジア内の経済格差の結果としてシンガポール中流家庭には、フィリピンやインドネシア、マレーシアなどから若い女性がメイドとして住み込みでいることが多い。大学入学資金を溜めるためメイドになる女性も多いようだが、本作のテレサの背景はもっと複雑だ。

夫は酒浸りで、生まれたばかりの息子を人に預けて来ている、という背景が短い本国への電話の会話からうかがわれる。だがジャールーに「私はあなた虐められるためにここに来た訳じゃないわよ」と言えるプライドを持った人間として描かれている。

いつもイライラしている母が、親しみを増すテレサと息子に危機意識を持ち、テレサに冷たく当たる心理や、失業を隠す父が自信喪失していく様子など、親たちの描写もリアル。シンガポールという都市国家に起きた経済危機、それが生み出した不安と切迫した時代の空気感が伝わる。

少年とメイドの物語を見せながら、ある時代をくっきりと切り取って作品に奥行きを持たせ、優れた映画監督の誕生を予感させてくれた。
ちなみに題名はテレサが来たフィリピンの町の名である。

上映時間:1時間39分。
"Ilo Ilo" 英語公式サイト:http://www.iloilomovie.com/