"Reaching for the Moon"


"Reaching for the Moon" 写真クレジット:Wolf Releasing
映画『イン・ハー・シューズ』の中でキャメロン・ ディアスが “One Art” という詩を読むエピソードがある。詩人エリザベス・ビショップの書いた詩で、彼女は米国では20世紀の最も重要な詩人の一人と見なされている。
1911年生まれ、子供の頃に富豪の両親を亡くし、残された財産を生涯で使い切ることなく、ティーンの頃から始めた詩作を続けた。いつも女のパートナーがいて、一緒にバリに住んだりフロリダに家を買ったりしながら、世界中を旅し、その体験を詩作に反映させた。

40歳の時、名門ヴァッサー大学の同窓生を訪ねてサンパウロに行き、そこでかの地の有力政治家の娘、建築家のロタ・デ・マチェード・ソアレスと出会い、二人は暮らし始める。本作はそんな二人の15年にわたる関係を描いたブラジル映画だ。

神経質な詩人エリザベス(ミランダ・オットー)は、サンパウロに住む友人メリー(トレイシー・ミッデンドーフ)を訪ねた際に、彼女が恋人のロタ(グロリア・ピレス)と暮らす郊外の家に案内される。広大な敷地内に建てられた家は、ロタが設計したモダンな豪邸。エリザベスはその家で食中毒を起こし、長逗留を余儀なくされる。

社交界の名士で豪快な性格のロタは、無口で繊細なエリザベスに惹かれ、二人は恋仲に。ロタは彼女のために敷地内に家を設計して建て、エリザベスはその家で長年温めていた詩集『北と南/寒い春』を完成させる。

さてメリーはどうなったか? エリザベスにロタを奪われ、失望した彼女は帰国を希望。だがロタはそれを認めない。メリーが欲しがっていた子供を見つけてくると約束して、メリーを翻意させてしまうのだ。

ロタの強烈な主張には誰も抗えない。彼女の強い自信と自己愛がロタをロタたらしめているのだ。エリザベスが『北と南/寒い春』でピューリッツァー賞を受賞出来たのも、ロタの強い愛と支援と無縁ではない気がする。孤児として育ったエリザベスにとって、ロタの無償の愛に包まれることはどれほどの安定と自信に繫がったことだろう。

しかし、後半になって二人の関係は変化する。仕事に熱中して家を空けるロタに飽いたエリザベスはサンパウロを去る。衝撃を受けたロタは彼女を追ってニューヨークにやってくるが、時すでに遅し。ロタは悲劇的な選択をする。

繊細なエリザベスと豪胆なロタだが、折れやすかったのはロタの方だった。挫折や失望を知らないロタは、エリザベスを失って初めて、それまで体験したことのない喪失感を味わったのではないだろうか。反面、もとより孤児だったエリザベスは失うことの痛みを知っていた。

冒頭の “One Art” という短い詩は、失うことのアートについての詩だ。
失うことをマスターするのは難しいという出だしから、いくつかの喪失を上げ、最後に今愛するあなたを失うことですら、自分は大丈夫だと思う、と締め括っている。

この詩は彼女がロタと死別した後、60歳を目前にして出会った26歳の若い恋人に向けて書かれたものだ。この女性とは67歳で亡くなるまで共に暮らしたらしく、エリザベスの再生力、生命力の強さを物語って余りある。

本作のエリザベスはデリケートな痩身の白人女性という風貌だが、実在の彼女はボールドな印象の人で、この詩の内容に近い感じがある。だが、生涯、女を愛して生きたことを隠し続け、当時から地元でもアウトだったロタとは対照的だ。

監督はブラジル人のブルーノ・バレット。ロマンチックな恋愛映画というより二人の女アーティストの愛の変遷を丁寧に描き、主人公二人がやや魅力に欠けるのが難点ではあったが、物語に骨があって最後まで釘付けになった。

上映時間:1時間58分。米国は、Netflixのオンライン・ストリーミング等で視聴可能。
"Reaching for the Moon" 英語公式サイト:http://www.reachingforthemoonmovie.com/