"The Double"(邦題『嗤う分身』)


『嗤う分身』写真クレジット:Magnolia Pictures
気が弱いサイモン・ジェームス(ジェシー・アイゼンバーグ)は7年も務めた職場でも影が薄く、目立たない存在。同僚のハナ(ミア・ワシコウスカ)に憧れているが、まともに声も掛けられず、家に帰るとハナの住む向いのアパートの部屋を望遠鏡で覗くだけで満足していた。そんなサイモンの前に突如として彼とそっくりな男ジェームス・サイモンが現れ、同じ会社で働き始める。
しかも、彼はサイモンとは正反対の自信家で社交的な性格。職場で瞬く間に人気者になっていくのを驚きと羨望の眼差しに見つめるサイモン。だが、ジェームがハナの心まで掴み、次第に傍若無人に振る舞うようになって、サイモンは行き場のない感情を抱え、追いつめてられていく。

ドッペルゲンガー、自己像幻視を扱う映画はダントツに面白い作品が多く、本作も上出来だった。摩訶不思議な現象の心理背景を掘り下げる哲学的作品ではなく、ハナとの恋の行方をめぐって分身に翻弄される主人公の姿を軽妙なタッチで描く作品。

レトロな舞台設定とイエローを基調にした映像がスタイリッシュでディビッド・リンチ風だが、暗さは控えめ。驚いたのは画面とシンクロする音楽で、これには吹き出してしまった。プラス名優らの一瞬カメオというオマケもついて、なかなかサービス精神旺盛な不条理劇だ。

監督は英国のリチャード・アヨエイド、コメディアン出身の人でデビュー作の『サブマリン』で高い評価を受けた。彼と共に脚本を書いたのはアヴィ・コリン、兄は去年ヒットした『スプリング・ブレイカーズ』の監督ハーモニー・コリン。瓜二つのジェームスとサイモンを別人扱いする周囲の人間描写が絶妙で、無茶苦茶な話が迷走しても脱線することがないのには感心した。

本作はロシアの文豪ドストエフスキーの『分身』(『二重人格』)を下地にしており、コリンが脚本を書き始めていた。

物語は原作に近く、小心者の下級官吏の前に性格が正反対のそっくりな男が現れて…と書いてくると、デヴィッド・フィンチャーの『ファイト・クラブ』や、黒沢清の『ドッペルゲンガー』、ダーレン・アロノフスキーの『ブラック・スワン』など皆『分身』を下地しているという感じがしてくる。

それぞれに現れた分身が「自分がなりたくてもなれない自分を体現」という点が共通。極端な小心の裏側には、強い自己顕示への欲求が潜んでいるということなのだろうか。他者の視線が気になる自意識が過剰過ぎて、自分という意識のチューブから別の自分を捻り出してしまった感がある。

芥川龍之介は分身を見たと言っており短編の『二つの手紙』に詳しく書いている。こちらは異様感が強く、ぞっとする語り口はさすが短編小説の達人芥川だった。

上映時間:1時間33分。iTune, Amazon.comなどで視聴可能。
"The Double" 英語公式サイト:http://www.magpictures.com/thedouble/
『嗤う分身』日本語公式サイト:http://waraubunshin-espacesarou.com/