"The Lunchbox"(邦題『めぐり逢わせのお弁当』)


『めぐり逢わせのお弁当』写真クレジット:AKFPL, ARTE France Cinema, ASAP Films, Dar Motion Pictures, NFDC, Rohfilm
本作で重要な役割を果たすのは、妻が夫のために丹精込めてつくったお弁当。ステンレス製の丸い4段重ねの重箱スタイルのお弁当箱がとりもった男女の縁を描いたロマンチック・コメディだ。
インド映画と言えば突然の踊り、料理と言えばカレーというイメージを払拭する優しい味付けの素敵な映画だった。去年のカンヌ国際映画祭で批評家週間観客賞を受賞した他、世界各地の映画祭で映画賞を受賞している。

舞台はインドのムンバイ。退職を目前にしたサージャン(イルファーン・カーン)は、妻を亡くして一人暮らし。ベテランとして仕事をこなす寡黙な彼は、食堂から弁当を配達して貰っていた。ところが、ある日開けてみた弁当はいつもと大違い。食べてみるとこれが旨いのだ。
この弁当を作っていたのは小学生の娘がいる若いイラ(ニムラト・カウル)で、最近冷たい夫の気を引こうと毎朝工夫を凝らした弁当を作っていたのだ。弁当箱が空になって戻ってくると夫が完食したと喜ぶイラだが、なぜか夫の反応はゼロ。彼女は次第に弁当箱が誤って配達されていることに気付き、弁当を食べている人物と文通を始める。
始めは料理の感想程度のやりとりだったが、互いに少しづつ自分のことを書き送るようになって、予期しなかった男女の心の交流が始まっていく。

オープニングで驚かされたのは、この弁当の配達システム。ダッバーワーラーと呼ばれる弁当配達人が各家庭から午前中に弁当を受け取り、駅で行き先ごとに仕分けされ、電車に揺られ、到着駅でまた仕分けされ、ランチまでに職場の机の上まで一個一個、毎日配達されるのである。マチガイも多いのではと思うが、なんと配達間違いは600万個に一個の確率だという。食へのこだわりも、正確な仕事ぶりも、インドは偉大だあ。

と話が横道に逸れたが、肝心なのはこの弁当箱が運ぶ手紙のやりとり。夫の無関心に寂しさを綴るイラに、誠意ある返事をかくサージャン。相手を知らないからこそ書ける自分の心のうち、手紙をきっかけにそれぞれに少しづつ変化が起きる。まずは退職後の夢もなかった男やもめのサージャンの表情に精彩が生まれた。一方イラは、夫に尽くすだけの自分の生き方への疑問を持ち始めるのだ。

自分のボンヤリした思いや考えを、人に分かるように文章にまとめることの意味は大きい。散らかった頭の部屋を整理整頓する感じ。しかも、その書いたものが見知らぬ相手への手紙だった、というのも良かったのだろう。大人の節度を守りつつ、正直な心情を語ることを通して、二人のハートが開き、近づいていくプロセスが自然だ。

また、サイドで描かれるサージャンの若い部下シャイク(ナワーズッディーン・シッディーキー)の話が素晴らしい。明るくて人懐っこい彼は、サージャンに子犬のようにつきまとい嫌がられる。だが、サージャンの変化に伴ってシャイクへの見方が変わっていく。孤児として育ち、苦労の多かったシャイクは有能とは言い難いが、常に前を見て希望を捨てない。小さな幸福を大きな喜びとして生きることの出来るシャイクの青年像が極上の隠し味となって、本作を人間性豊かなオイシイ作品に押し上げている。

監督とオリジナル脚本は、まだ30代のリテーシュ・バトラ、本作が長編第一作目にあたる注目の映画監督だ。

背景で描かれるムンバイで働く人々の通勤状況や道ばたで遊ぶ子供たちの姿なども生き生きとして見応えがあり、エンディングの味わいも絶妙。二度観たが、一度目と二度目ではエンディングの理解が違っていた。あなたはどんな風に観るだろうか?

上映時間:1時間45分。今夏劇場公開予定。
"The Lunchbox" 英語公式サイト:http://sonyclassics.com/thelunchbox/home/
『めぐり逢わせのお弁当』日本語公式サイト:http://lunchbox-movie.jp/