"Night Moves"(原題『ナイト・ムーヴス』)


"Night Moves" 写真クレジット:Cinedicm
映画大国の米国だが、作品が劇場上映される女性監督の数は少ない。ケリー・ライヒャルトはそんな稀少な一人。ミニマリストのアプローチで、危機状況に置かれた人間の心理をサスペンスフルに描くこと秀いで、数年に一度必ず面白い作品を送り出す。
本作は、08年の『ウェンディ&ルーシー』や10年の『Meek's Cutoff』に続く4年ぶりの最新作で、今回も前作2作同様オレゴン州が舞台だ。

共同生活をしながら無農薬農場で働くジョシュ(ジェシー・アイゼンバーグ)と、屋外にある静かな温泉スパで働くディナ(ダコタ・ファニング)は環境運動家。あるダムの爆破を計画している。産業の利益を優先するダムが川をせき止めために周辺の生態系が大きく変化し、川を上る鮭の数を激減させていることへの抗議である。

ジョシュは元海兵隊員のハーモン(ピーター・サースガード)に爆弾製作を頼み、裕福な家の出であるディナの資金を使ってボートを買い、着々と計画を進める。そして3人はいくつかの障害を乗り越え、ついに爆破を成功させる。
ところが翌日、偶然ダムの近くにいた男性が行方不明となり、数日後その男性の死体が発見されると、3人の心理に激震が走る。

ライヒャルトは時代の空気を切り取るのが巧い人で、本作も実に現代的テーマだ。ファーマーズマーケットに行くとジョシュのような青年が野菜を売っているし、温泉スパに行けばディナのような若い女性を多く見かける。彼らは環境問題を真剣に考える知性に溢れた若者であり、共感を持ち易い。

マスコミは彼らの行動をエコ・テロリズムと断じるに違いないが、ライヒャルトはその言葉を一切使っていない。何にでもテロリストというレッテルを張り、意味も無く恐怖を煽る政府やマスコミとはまったく違う立場から本作は作られている。

ジョシュらはテロリストという言葉に張り付いた冷血、手段を選ばず、人の命を何とも思わず、というイメージから遠いところにいる。ダム爆破という過激な行動を選んだが、予期せずに人の命を奪ったことへの強い罪悪意識に苛まれる3人は、その重さをそれぞれに持ちあぐねていくのだ。

後半はジョシュの硬い表情を追いながら、彼の言葉にならない激しい動揺を描いていく。
次第に自己正統化をしていく彼は、金貸しの老婆を殺した『罪と罰』のラスコーリニコフとどこか似ている。しかし、彼は人の命を奪ったことを完全に正当化できるのか。アイゼンバーグが罪悪感と怖れに囚われた真面目な青年が、予想外の変貌を遂げていく姿を巧みに演じている。

ライヒャルトと共に脚本を書いたのは彼女の作品の常連である作家のジョン・レイモンド。オレゴンの無農薬農場で暮らす友人らの暮らしに触れて本作を書き始めたという。本作もライヒャルトらしい見応えのある作品で、自分らしい作品を着実に作り続ける米国の女性監督として彼女に注目していきたい。

上映時間:1時間52分。米国ではiTune Movie等のストリーミング視聴可能。
日本での上映未定。

"Night Moves" 英語公式サイト:http://www.nightmovesmovie.com/