"Tracks"


"Tracks" 写真クレジット:The Weinstein Company
若い女性の一人旅。とは言え、旅の手段も距離も並外れていた。
1977年、27歳のロビン・デビッドソンは4匹のラクダと愛犬1匹だけを連れ、オーストラリアの砂漠を横断し、インド洋に出るという壮大な旅をした。全行程徒歩、距離にしてなんと2,700余km、期間は9ヶ月に及んだ。
80年に彼女はこの旅の記録を『Tracks』(道程の意)という名の本にまとめ、その本は世界中で注目を浴びる…本作はその実話の映画化だ。
1975年、ロビン(ミア・ワシコスカ)は、砂漠横断を目指し、出発地であるアリス・スプリングに愛犬ディゲティと辿りつく。まずは砂漠の旅に欠かせないラクダの扱い方を学ぶため、野営をしながら無給で働き始めた。後に彼女の支援者になるアフガン人のラクダ商人と出会い、彼からみっちりとラクダの扱いを学ぶ。

しかし、旅の資金は少なく、困り果てていた時に、若い写真家リック・スモラン(アダム・ドライバー)と出会い、米国のナショナル・ジオグラフィクス誌に旅の写真記録を載せる契約をすれば資金援助が得られるかもしれないと聞かされる。
雑誌社と契約を交わしたロビンは、訪ねてきた家族たちに別れと告げ、この無謀とも言える旅に出発していく。

旅の前にまずはラクダの扱いを学ぶという始め方が良い。彼女はそのために2年も費やした。しかも、マッチョ文化が根強い南部の牧草地帯で、廃屋で寝泊まりしながらそれを続けた。

なぜ、そこまでしてこの旅に執着したのか? 「父も若いころ砂漠を踏破したことがあるから」と彼女は答えているが、理由はきっと彼女自身にも明確では無かったのではないだろうか。
本作では母が自殺した後、父と愛犬と別れ、寄宿舎に送られた追憶が映し出され、彼女の過去との決別という意味づけが描かれていく。そうだったのかもしれないし、自分にも分からない力に突き動かされて、という感じだったのかもしれない。

厳しい旅の過程で起きたさまざまな出来事や事件が描かれ、ある事件が彼女を打ちのめし、旅を放棄しようとする。そこへ旅の行程に時々現れては彼女を撮影するリックが訪れ、孤独のどん底にいたロビンは立ち上るきっかけを掴んでいく。
リックに写真の許可を与えたものの撮影を嫌い、彼を警戒していた彼女だが、彼との関係は一夜と共にしたり遠ざけたりしながら、最後まで続く。全てを一人でやり遂げたかった彼女だが、頑迷さはなく、自分の心と欲求に忠実であったことが旅の成功に結びついたのだろう。

リックはこの旅を写真集『From Alice to Ocean』として出版、彼女の旅が世界中で知られることになる。美しいインド洋でラクダと海につかるロビンを写した写真はあまりにも有名で、筆者も見たことがあるほどだ。

主演のワシコスカはオーストラリア出身で、写真集のロビンにそっくり。寡黙で芯の強い主人公を生き生きと好演している。脚本にはデビッドソン自身も参加、監督は『ストーン』のジョン・クーランで、雄大なオースラリアの自然を捉えた映像が素晴らしい。

本出版後のデビッドソンは旅ライターとなり、チベットやインドの遊牧民と暮らした体験を本にまとめるという仕事を続けている。
「自分を見つける旅」という言葉は随分と手垢にまみれてしまった感があるが、デビッドソンに関して言えば、この最初の旅がまさに自分の行く道を見つける旅だった。2,700余kmを歩いて見つけた自分は、常に彼女の中に生き続けているに違いない。

上映時間:1時間42分。
"Tracks" 英語公式サイト:http://tracks-movie.com/