『Wild』(邦題『わたしに会うまでの1600キロ』)


写真クレジット:20世紀フォックス映画
「私はサバイバルに必要なすべてを自分が背負えるということ驚嘆した。そして一番驚いたことは私がそれを運ぶことができたということだ」
昨年末に紹介した『Tracks』に続いて、本作も若い女性が米国の長い山道を歩いた話だ。
原作はシェリル・ストレイドが12年に書いてベストセラーになった回想録『Wild: From Lost to Found on the Pacific Crest Trail』で、95年に彼女が西海岸にあるパシフィック・クレイスト・トレイルの一部1,600キロを3か月掛けて一人で歩いた時の体験を下地にしている。

原作はトレイル踏破日記というより、彼女が歩きつつ追想し、考え、発見した事柄が綴られた内容で、映画化に際しては原作を生かし、雄大オレゴン州の自然美を背景に、主人公の心の変遷に比重を置く象徴的な映像を盛り込んいる。
監督は『ヴィクトリア女王 世紀の愛』『ダラス・バイヤーズ・クラブ』のジャン=マルク・ヴァレ、フランス系カナダ人だ。

夫と離婚したばかりの26歳のシェリル(リース・ウィザースプーン、本作でアカデミー主演女優賞ノミネート)は、数年前に45歳で急逝した母ボビー(ローラ・ダーン、本作で同賞助演女優賞ノミネート)の死から立ち直れていなかった。
母の死後、ただ一人の親族弟との連絡も途切れ、自暴自棄になって薬物とセックスに溺れ、優しかった夫とも大げんかの末別れていたのだ。そんな絶望のどん底にいた彼女は、ふと、まったく未経験のトレイル踏破を思いつく。テントや山岳用品を買い集め、何日歩けるか見当もつかない無謀な旅に出たシェリル。初日は自分の荷物が重すぎて背負うことすらできないあり様だった。

『Tracks』の主人公と比べるとシェリルの旅への動機は明確だ。母の死と離婚でボロボロになった自分を癒し、人生をやり直したいという強い思いだ。母との思い出や苦い体験にがんじがらめになっている自分をどうしても捨てたい、よほどのことをしないと捨てられないと感じたに違いない。

彼女の旅はお遍路さんの旅に似ている。仏教的な感じはないが、シェリルは歩きながらアルバムをランダムにめくるように母を思い出し、悼む。父の死後、再婚した母だったが、新しい夫は暴力を振るう男。一家は命からがら逃げ出し、以来貧しい母子家庭の生活が続いた。学歴も無く、貧窮した生活を強いられる日々だったが、「私たちは愛でリッチなの」を口癖にしていた母と、そんな母をある時は批判的に見つめ、傷つける言葉も吐いたシェリル。彼女が背負うバックパックは文字通り彼女が背負っている重く大きな過去でもある。

本一冊でも減らした方が楽なのに、自分が嫌いだった母の大好きな作家の本を、この旅で読み続けているのはなぜか。彼女の母への執着の強さを見ていると、愛情過多というより、あまり幸福と言えない人生を早々に終えてしまった一人の女性への鎮魂という言葉が浮かんだ。

ストレイドはフェミニストとしても知られている人で、孤立しがちな女性作家や詩人らの交流サークルの運営している。さまざな体験をしてきたようだが文学一筋で来たことは間違いない。彼女が過酷な旅で通して見つけ出した思慮深く率直な言葉の数々が、字幕やシェリルの独り言として本作全編に散りばめられている。脚本は『17歳の肖像』で少女の感性をリリカルに書き出した英国作家ニック・ホーンビィで、原作が良く生かされているとストレイド自身も褒めていた。

「私は間違ったやり方を多くしたにも関わらず、今ここにいるということは、正しいやり方だったのだ、と感じた。」
至言ではないだろうか。

上映時間:1時間55分。日本では本年夏に劇場公開予定。

"Wild" 英語公式サイト:http://www.foxsearchlight.com/wild/
『わたしに会うまでの1600キロ』日本語公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/1600kilo/