"Selma" (邦題『グローリー 明日への行進』)


"Selma" 写真クレジット:Paramount Pictures
1965年、米国南部アラバマ州のセルマで、アフリカ系有権者への登録妨害に抗議するデモがあった。デモ参加者はアフリカ系住民ら600人。
このデモに対して、アラバマ州のウオレス知事は警官隊を出動させ、無防備な参加者に対して、馬に乗った警官が追いかけ、警棒で殴り、犬をけしかけ、放水するなどの暴行を加えた。いわゆる血の日曜日事件である。
このデモを指導していたのが、マー ティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師と彼の仲間達。本作は彼を中心に据えながら、この事件前後の公民権運動の動きとさらに大きく膨れ上がっていく第二のデモの様子を描いた歴史ドラマだ。

キング牧師を演じたデビッド・オイェロウォが渾身の演技をみせ、カリスマ的でありながら人間的で立体感のある人物として彼を蘇らせている。抑揚のある演説シーンの素晴らしさは、あたかもキング牧師の演説を聞いているよう。
不当な差別と闘い、人間としての尊厳を取り返そうというメッセージは、時と場所、人種、性を超え聞く者の心を揺り動かし、自分に対して最上と最良を求めて生きようという気持ちにさせてくれる。そんな作品のハートを謳いあげた主題曲『グローリー』は今年のアカデミー賞主題歌賞を獲得した。

物語はこんな風に始まる。63年にアラバマ州バーミングハムの教会に白人至上主義者によって爆弾が仕掛けられ4人の少女が死亡した。翌64年、キング牧師(デビッド・オイェロウォ)はノーベル平和賞の受賞式に臨んでいた。同じ頃、セルマに住むアニー・リー・クーパーは(オプラ・ウィンフリー)は選挙人登録に出かけて、担当の白人役人に難題をふっかけられて登録を拒否される…
時はまさに公民権運動の高まりを見せる時代。車でセルマに向かうキング牧師らにとって、かの地は人種差別の実態を伝える象徴的な町。行動はここで起こさねばならないと彼彼女らは確信する…。

物語は、セルマで非暴力の運動を作り上げていこうとするキング牧師の個人としての苦悩や、仲間との討論、学生活動家との対立など描きつつ、キング牧師とジョンソン大統領との会談の決裂、人種差別主義者で知られるウオレス知事の言動、参加者たちのドラマなど多岐に渡ったエピソードを描き込んでいく。
一見バラバラなエピソードだが、すべては根で繋がりテーマが分散することなく、太くて強靭な縄をないでいくように物語が語られていく。

非凡な演出力をみせた監督はエバ・デュバーネイ。長編2作目の『Middle of Nowhere』で、12年のサンダンス映画祭の最優秀監督賞をアフリカ系アメリカ人女性として初めて受賞した人だ。ナイジェリア出身の43歳、長編はこれが3作目だが、非暴力運動の持つ静かな力強さと人間への深い信頼を描きだした手腕は見事としてか言いようがない。ポール・ウェッブと共同脚本を書き、演説部分は著作権の関係で同じものが使えなかったためにデュバーネイ自身が書いたという。才能があるという以上に、人間としての品格や豊かさを感じせる映画人だ。

日本の街でヘイト・スピーチが平然と叫けばれる昨今だが、本作を観ると、人はどのようなスピーチによって勇気を得て、前進していけるのかが実感できるのではないだろうか。

上映時間:2時間8分。日本では6月19日から上映開始。

"Selma" 英語公式サイト:http://www.selmamovie.com/
『グローリー 明日への行進』日本語公式サイト:http://glory.gaga.ne.jp/