"Sicario"(邦題『ボーダーライン』)


『ボーダーライン』写真クレジット:Lionsgate
『灼熱の魂』で世界の注目を集めたカナダのドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の最新作。『Sicario』の意はヒットマン、殺し屋だ。米国とメキシコの国境地帯を舞台に、麻薬カルテル捜査のダークな実態を描いた犯罪スリラーの秀作だった。
FBI捜査官ケイト・メイシー(エミリー・ブラント)は、自分の追っていた事件がメキシコの麻薬カルテルと深い関係にあったことを知る。カルテルのボスを追うCIAのマット・グレーバー(ジョシュ・ブローリン)は、麻薬捜査に無知のケイトを彼の特殊部隊に呼び入れ、コロンビア人のコンサルタント、アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)と合流。彼の指示に従って、メキシコの犯罪地帯フアレスに乗り込んでいく。
だが、捜査の実態は国境も法律も無視する無謀極まりないもので、理想家肌のケイトはマットらのやり方に抗議。怪しげなアレハンドロの存在にも疑問を抱いていく。

物々しい重装備でフアレスに乗り込むオープニング20分が秀逸だ。未知の捜査に挑むケイトと共に、いつ何が起きるのか予想がつかない、現地の警察さえ信用できない無法地帯に向かう。バックに流れるアイスランドの音楽家ヨハン・ヨハンソンの重い旋律が張り詰めた感覚を盛り上げ、この部分だけでも犯罪映画としては第一級の出来栄えだ。

脚本はTV俳優でもあるテイラー・シェリダンが自分が育ったテキサス国境地帯でリサーチをして書き上げた。カルテル同士が覇権を争う熾烈な闘争が続くファレスの現状は凄惨さを極め、ほぼ本作で描かれている通りらしい。一人のボスを捕えても、別のカルテルが台頭するだけの話で、水際で麻薬組織を追う米国側の捜査も、組織の撲滅ではなく麻薬の流れを掴み、監視する程度のことしかできないようだ。
そんなグレーエリアに迷い込んだケイトは、捜査官としてのモラルの葛藤を続け、アレハンドロの正体も分からず、法も犯罪も、善も悪も境目が見えなっていく。ブラントが激しいアクションを切れよく見せる一方で、葛藤する内面的演技にも冴えを見せ、去年の『オール・ユー・ニード・イズ・キル』よりさらに演技の幅を広げた感がある。

ヴィルヌーヴ監督は人間のグレーな部分に関心があると言う。衝撃的な『灼熱の魂』や前作『プリズナーズ』でも、善悪判断が下せない領域に入りこんでいく人々を描いていた。そんな彼にとって、終わりの見えない麻薬カルテルとの闘いの現実は、まさに彼らしさが生かされる題材で、才気を充分に発揮した作品になっている。

上映時間:2時間1分。全米のシネコン等で上映中。日本では来年4月上映開始予定。
"Sicario" 英語公式サイト:http://www.sicariofilm.com/