"Memento"

久しぶりに知的興奮を覚えたサスペンス映画。一度観ただけではすべての謎が解けないほど複雑な話だが、絶対退屈しないこと請け合い。観終わるとサスペンスの果てになにやら不条理の世界が見えてくる上等な仕上がりもいい。監督は30才のイギリス人、クリストファー・ノーラン。弟ジョナサン・ノーランが考えたついた短編小説からプロットを貰い、脚本を書き上げたというオリジナル作品だ。
妻が賊に殺され、自分も頭に傷を負い、その後遺症で事件以降の新しい記憶を持つことが出来なくった(記憶喪失症でもなく若ボケでもない奇病)男レオナード(『LA コンフィデンシャル』のガイ・ピアス)が主人公。
それでも犯人への復讐に燃えるレオナードだが、なにせ記憶が5分と持たない。銃を持った男に追い掛けられている途中でも、突然記憶が切れて自分が追っているのか、追われているのか分らなくなるという始末の悪さだ。この状態で殺人犯を捜そうというのだから、無謀極まりないのだが、妻が殺された時の記憶はだけは鮮やかなのだ。

彼の武器は全身に彫り込まれた入れ墨と、ポラロイドカメラ。犯人に関する情報を得るとすぐにその情報を入れ墨する。会った人間1人1人をポラロイド写真に撮り、後ろにその人間についてのメモを書く。これがレオナードの<記憶>という訳だ。

この設定だけでもかなり迷走感があるのだが、この作品のさらに凝った仕掛けは物語を時間を遡って語っていく点。レオナードが犯人らしき男を殺したところからスタートするオープニングシーンから、話はいかに彼がその時点に至ったのかを時間を逆さに追っていく。ほんの数分見のがしただけですぐに話が見えなくなるという観客への要求度もすこぶる高いのだ。途中、トイレに立った私は後でひどく後悔するハメになった。

観客は初め、レオナードと一緒に暗闇を後ろ向きに歩きながら、彼の入れ墨の意味やメモが書き込まれたポラロイド写真の謎ときに追われるのだが、次第にそれらの信憑性が怪しくなっていく。レオナードが「記憶」と信じているものは果して真実なのか? 殺された男は本当の犯人だったのか? 時間の経過と共に謎の数が増えていく面白さは格別だ。

目が醒めると自分がどこにいるか分らない、誰と会ってもいつも初対面というクラクラするようなカフカ的「実存の危機」。記憶の曖昧さ、過信が曇らせる現実認識、人間把握の困難さなど思わず「哲学」してしまう突っ込みの深さは大変なものだ。謎解き好きには絶対のお薦め、カルト的なヒットを続けること確実だ。