"Water"

右はインドの人気女優リサ・レイ。
写真クレジット:Fox Searchlight Pictures

当地で3月に開催されたアジア国際映画祭で、招待上映されたインド映画 "Water" の監督、ディーパ・メータさんにお会いした。
彼女はインド生まれ、カナダ在住の映画監督。日本公開作品は『カミーラ/あなたといた夏』(94年)だけなので、馴染みの少ない監督かもしれない。

"Water"は、ヒンズー教の隠れた掟「寡婦の家」を舞台に、8才で寡婦になった少女の閉ざされた日々と、彼女を愛した寡婦たちを描いている。脚本も監督のオリジナル、生涯を外界から遮断されて生きた寡婦たちの苦しみと、自由への希求が伝わるパワフルな作品。私はエンディングで落涙してしまった。監督はフェミニストと呼ばれたくないようで「ただの語り部」と言っていたが、私は筋金入りのフェミニスト映画だと思った。

99年にインドで撮影が始まった際、「寡婦の家」を暴こうとしていると、ヒンズー原理主義者が猛烈に反発し、セットに放火。撮影は完全にストップした。誰もがもうダメだと思ったらしい。しかし5年後、メータ監督は現場をスリランカに移し、ゼロから映画を取り直した。そして、この4月から全米一般公開。当地での評判も上々、上映が現在も続いている。

監督にパワーの秘密を聞いた。「熱くならないこと。映画作りは人の生死に関わることではないし、娘の方がずっと大切」。一時は命を狙われる思いをしたとは思えない冷静な答えだ。「この映画を作れないとは、一度も思わなかった」という。小柄だが、豪傑の魂を持っているらしい。

"Water" は、女同士の愛を描いた映画 "Fire"(96年) 、インド独立時の宗教的分断の悲劇を描いた"Earth"(98年) に続く3部作の最後の作品にあたる。インド映画というと歌って踊る娯楽映画で知られるが、メータ監督の3部作は、インド近代史の悲劇や、女性の抑圧に題材を取った正統派の人間ドラマばかり。志の高さが、戦後のイタリアや日本映画を彷彿とさせる。そのことを指摘すると「デ・シーカや黒沢のヒューマニズムのある映画が好き。でも、小津が一番好きかしら」とうれしそうに答えてくれた。

"Water" にはもう一つの物語がある。前述の一人娘、デヴィヤニ・ソルツマンさんが "Shooting Water"という本を書いている。19才当時に、母の依頼で撮影に参加した彼女が、両親の離婚後、疎遠だった母との関係を見直し、和解へ向かう軌跡を書いたという。"Water" の一般公開に合わせて発刊となった。

「10年で3本も作りたい映画が撮れて幸せ」と言う強く大きな母と向き合った若い娘。破壊的な妨害を共に体験しながら、二人は互いへの理解と絆を深めたのだろう。"Water"は、母と娘が作った映画と言えるかもしれない。
出演:リサ・レイ、シーマ・ビスワス、ジョン・アブラハム。上映時間:114分。日本での公開は未定。