"Crouching Tiger, Hidden Dragon"

情熱的で凛々しい女武者たち


写真クレジット:Sony Pictures Classics'

息をのむ雄大な中国の自然をバックに、神秘的な武術の世界に生きた男女を描いた名作 "Crouching Tiger, Hidden Dragon" (2000年) を紹介しよう。
"Brockback Mountain"で、男同士の悲恋を情感豊かに描いて今年のアカデミー監督賞を獲得したアン・リー監督の出世作だ。それまで一部のファンだけに人気のあった中国武術映画を、アメリカ映画として作り、大ヒットさせた記念碑的作品でもある。
原題の『伏虎蔵龍』は、場所が見かけ通りでないことを表す中国の古い格言。その名の通り、中国の伝統的武勇潭という見かけに、激しい恋や許されぬ愛に苦しむ武者たちを登場させ、それぞれが愛と自由を求めて闘う姿をドラマチックに描いている。

名剣士ム−バイ(チョウ・ユンファ)には、互いに密かな思いを寄せる同門の女武者シュ−リン(ミシェル・ヨー)がいた。ある夜、ム−バイが恩人に預けていた秘剣「碧名剣」(英語でグリーン・デスティニー)が何者かに盗まれる。盗んだのは気の進まない結婚を目前にした若い貴族の娘イェン(チャン・ツィイー)。彼女は、ム−バイの恩人宅で碧名剣を見せられ、一目で秘剣の力に魅了されていた。しかも、イェンはム−バイの師を殺し、教典を盗み逃げていた女武者ジェイド・フォックスの弟子。仇に秘剣を奪われたム−バイはシュ−リンと共に、フォックスとイェンを追う旅に出る。「仇を討ったら一緒になろう」と約束して‥‥
物語はム−バイを中心に据え進むが、これも『伏虎蔵龍』。私から見るとこの映画の主役は、断然イェンとシュ−リンだ。
若いイェンには身分の違う恋人ロー(チャン・チェン)がいる。彼はハンサムな砂漠の盗賊。イェンはローに拉致されるが、彼と情熱的な恋に落ちて行く。

欲しければ名剣を盗む、結婚式から逃げ出す、素敵な盗賊と恋をする、街で荒武者共と大太刀回りを繰り広げる、イェンはいつでも自由奔放。ムーバイとの許されぬ愛に耐え、武者の道を通そうとするシュ−リンとは正反対だ。
シュ−リンはイェンに、「結婚が女の幸せ。剣を返して夫の元に帰れ」と説くが、イェンはシュ−リンのように武者として自由に生きたいと叫ぶ。イェンの叫びが痛いほど分るシュ−リンだが、秘剣を奪いムーバイでも斬れると思い上がっているイェンは、討ち取らねばならない。
激しい闘いを繰り広げる二人だが、この闘いぶりの違いが面白い。
イェンはシュ−リンの一太刀を受けて、軽々と宙を飛ぶことが出来るというのに、年長のシュ−リンは飛べない。しかも、シュ−リンは、どうしてもイェンを斬ることができない。イェンは情熱的に生きたいシュ−リン自身でもあるからだ。
二人の違いを、古い価値観に縛られた「飛べない」女と、その価値観に挑戦していく「飛ぶ」女と対比させることは容易だが、コトはそう単純には進まない。ムーバイたちを振り回したイェンの行動の結果は、苦く悲しい。しかし、彼女はまだ若く、情熱の火を消すことはできない。自由への闘いは始まったばかりだ…。
次回作を期待させる幻想的なエンディングが美しい。

この作品で注目されたのは、イェンを演じたツィイー。昨年"Memoir of Geisha"の主演をして、今や世界的スターという趣きだが、私は成熟した女武者を演じたヨーに感動。彼女が表現した情熱を静かに秘めた凛々しい女性像は、従順で我慢強いだけのアジア女性のイメージを塗り替えたと思う。息の合ったツィイーとの格闘場面も、女性の特性を活かした斬新な立ち回りで、手に汗握る面白さだった。
アクション監督は『マトリックス』のユエン・ウーピン、悠久の世界が広がるテーマ曲の演奏はヨーヨーマ、と世界最高の才能が結集している。邦題は『グリーン・デスティニー』。上映時間:2時間。