"The Illusionist"


写真クレジット:Yari Film Group

幻影師と貴族の娘、皇太子と警視。この4人が19世紀のウィーンを舞台に、恋と陰謀と幻影のメロディにのってワルツを踊る。薄暗い明りに浮かび上がる幻影と催眠の摩訶不思議と、ほどよい刺激の謎解きがおっとりして心地よく、古い白黒映画をみているような気分だ。

主人公は、舞台でオレンジの木を出現させる、魔法のような術を持つ天才的幻影師アイゼンハイム。彼には、少年の頃、身分違いで引き放された初恋の人ソフィがいた。後年、幻影師としての彼の大成功を通じ、二人は再会する。しかし、ソフィは、皇太子レオポルドと婚約していた。しかも、レオポルドは科学の万能を信じる近代的合理主義者。幻影術を蒙昧(もうまい)な前時代的トリックだと決めつけ、部下の警視アールに、タネを暴いてアイゼンハイムの失墜をはかるよう命じるのだが…。

鮮やかな奇術の手技を披露するエドワード・ノートンの成熟した演技と、明確に描き分けられた準主役二人(ポール・ジアマッティルーファス・シーウェル)の好演で、すっきりとした端正な作品に仕上がっている。気になったのは、ソフィのキャスティング。男たちが19世紀の肖像画そのままの風貌なのに、彼女一人だけが現代的だ。

ジムで鍛えたような立派な体格と、唇がセクシーな人気女優ジェシカ・ビールが演じている。デメルのチョコをたしなむ貴族の娘というより、パワーバーが似合うアクション・ヒロイン向きの人。健康的で、歯が丈夫そうだ。

それに比べて、男たちは虫歯でもありそうで、陰影ある19世紀の世界に溶け込んでいる。ビールと比べて演技力の差は歴然(れきぜん)なのだが、彼らの中には、まだ古い時代の重苦しさ、まがまがしい翳りが生きている、という風にも見える。19世紀以来、男の生はあまり変わらず、女の生が激変したからだろうか。時代ものになると、若い女優の翳りのなさが際立つから面白い。

原作は、幻想的ロマン主義的な小説を得意とするアメリカの作家、スティーブン・ミルハウザーの短編 "Eisenheim the Illusionist"。監督のニール・バーガーが脚色も担当した。上映時間:1時間50分。SFはAMCメトレオンで上映中。