"Babel"


写真クレジット:Paramount Vantage

寓話に満ちた宗教画のようでもあり、9/11後の世界を反映させた現代絵画のようでもある。モロッコ、米国、メキシコ、日本の4カ国を舞台に、人間と世界の現在を峻烈に見つめ傑出している。今年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞したメキシコの偉才アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の3作目。役所広司がブラット・ピットと共演決定と、日本で話題になった。

はじまりはモロッコの砂漠。山の上で牧童の兄弟が無邪気に銃の試し撃ちをしている。眼下をのんびり通りかかるバス。一発の銃声が轟くが、バスは走り続ける。が、しばらくして止まる。バスは米国人ツーリストを満載していた。

物語は、この偶発的発砲により重症を負った妻(ケイト・ブランシェント)と共に、砂漠の村で救援を待つ夫(ピット)の絶望的な数日間を中心に、貧しい牧童の家族がたどる悲運と、米国で夫婦の子供を預かるメキシコ人女性の軽挙が引き起こす事件、一見それらと無関係に見える、東京の聴覚障害を持つ女子高校生と父(役所)の姿をはさみながら、進んで行く。4つの国と時間を前後に移動しながら、緊密にサスペンスを積み上げ、最後に4つの物語が一つに結ばれる。そこに"Babel"の意味が見えてくる、イニャリトゥ監督の巧みな映画術だ。

「この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。」(『創世記』11章から)

少年の誤射に過剰反応し、テロリストの狙撃事件と決めつけ混乱を深める現在の世界。その世界に散った夫婦や親子が体験するのは、自分の意思を伝えられない苦しみ。ある者は言語の違いで、ある者は心の傷から、最愛の人に自分の思いを伝えることができない。東京の豪華な高層マンションのベランダで娘を優しく抱く父の姿に、天に届こうと高い塔を作った愚かさと、その代価を払い続ける人間の悲しみが伝わる。出番の少ない役所だが篤実な存在感が光っていた。

脚本は同監督の"Amores Perros"と"21 Grams"も書いた独創性豊かなギジェルモ・アリアガ。出演は他にガエル・ガルシア・ベルナル菊地凛子など。上映時間:2時間22分。11月3日より上映開始。