"Himalaya"


写真クレジット:Kino International

「選ぶ道が2つあったら、必ず厳しい方を選べ」という台詞が出てくる。選ぶ道が2つあったら、必ず楽な方を選んでしまう平凡な人間ではあるが、こういう台詞を聞いてまがった背筋を伸ばす時もある。とりわけ、年の始めには。

日本で『キャラバン』という題名でヒットした "Himalaya" (2001年)を紹介しよう。舞台はヒマラヤの中でも一番の奥地、北ネパールのドルポ地方。木も育たない厳しい生活環境の中、岩塩を低地の穀物と交換するためにヤク(牛に似た動物)を率いて、標高数千メートルのヒマラヤ山脈の嶺を越える旅に出る村人たちの物語だ。

荘厳な美しさを湛えながらも、自然の猛威を容赦なく振うヒマラヤ山脈が背景。伝統的な習慣を頑固に守ろうとする村の長老と、次期リーダーと期待されている青年カルマとの確執が物語の中心にある。そこに、絵画と修行に人生を捧げる若いラマ僧、夫に死なれた妻、彼女の愛らしい息子などがからんで、村人の生存をかけたキャラバンの旅が、壮大なスケールで描かれていく。

こんなにも厳しい暮らしと生き方があるのだろうかと驚かされるが、すべて実際に起きた事件をもとにしている。脚本と監督は、登山で訪れたドルポの美しさに取りつかれ、以来20年近くヒマラヤに住んでいるフランス人写真家のエリック・ヴァリ。彼に実際にインタビューする機会があった。その時の話によると出演者はすべて素人で、彼らとの出会いを通じて映画が作られた、という。
長老ティンレ役を演じたツェリン・ロンドゥップは、現実でもドルポの長老。彼の兄は対立する家族に殺されている。ネパールというと高山に住む素朴な人々というイメージがあるが「殺人や強盗も起きるワイルドな土地」という。

そのワイルドな世界に、ラマ僧のノルブが登場することで仏教的精神性が出てくる。ノルブは僧院で暮らす長老の次男という設定。リーダーだった長男が死んだ後、お前が兄の後を継げと老父に懇願される。「キャラバンを率いるなんて自分にはできない」と断るノルブだが、後になって参加を決める。父になぜ来たのだと問われ、冒頭の「選ぶ道があったら必ず厳しい方を選べ」と師に教えられたと、答えるのだ。

カルマが長男を殺したと思い込んで頑迷になっている老父が、自分のやり方を押し通すカルマとの対立を深め、キャラバン全体を危険に追い込んでいく。ノルブはそんな父の苦しみを静かにみつめながら、慣れないキャラバンに随行する。そして、父はついに力尽きる。
キャラバンを率いるはずの長男を失った悲しみを癒せない老父に、カルマを許し、運命を受け入れるよう諭すノルブ。この映画の仏教的なテーマが浮かび上がるクライマックスだ。対立する青年の名前がカルマというのも面白い。

ノルブを演じたのは本物のラマ僧、カルマ・テンジン・ニマ・ラマ。この作品に出るまでは僧院を一歩も出たことがなかった。中国の規制政策のため岩塩の入手が難しくなり、生活形態が激変しているドルポの文化を残そうと、僧院の許可を得てこの映画に出演することになったという。精悍な風貌だが実に優しい目をしている。街では絶対見かけない若者だ。

今回DVDで観直した際に、オマケについている"Making of .."も観たのだが、この記録も面白かった。高山で空気が薄いため撮影が思うように進まず、摂氏零下20度の極寒の中、8ヶ月以上もテント生活で撮影を続けた様子が描かれている。

文句を言いまくるフランス人スタッフや、長老を演じたツェリンが酒好きで、台詞が覚えられないエピソードなど、困難を極めた撮影の実態が伝わる。それらの人々を統率して、この美しい映画を作り上げた監督の熱意と意思の強さにも感嘆。冒頭の言葉は「知り合いのラマ僧から教えられた。より厳しい道を選ぶことで、自分の中のベストの部分を絞り出せという意味だと思う」と答えてくれた監督を懐かしく思い出した。
上映時間:1時間44 分