“The Lives of Others”


写真クレジット:Sony Pictures Classics
前に紹介した”Pan's Labyrinth”と共に、 今年のアカデミー外国語映画賞にノミネートされたドイツ映画だ。毎年のことだが、外国語映画賞候補作は最優秀作品賞候補より見応えのある作品がそろっている。ファシズムの恐怖を描いた”Pan's …” 同様に、この作品も秘密警察が支配する国家の恐ろしさを題材にした力作だ。

時はベルリンの壁が落ちる数年前の1984年。優秀な国家保安省(シュタージ)の軍人ヴィースラーは、劇作家のドライマンと恋人の女優クリスタの暮らしを盗聴する任務についていた。 二人が反体制派の証拠をつかむためだ。文学や音楽を楽しみ、愛し合う二人の暮らしを盗聴するヴィースラー。しかし、彼自身の暮らしは友人も家族もない凍りつくような孤独の中にあった。

そんなある日、ドライマンがピアノで弾いた『善き人のためのソナタ』(邦題)を聞きながら、ヴィースラーに変化が起きた。彼の心に灯った明りは、しだいに反体制的活動を始めるドライマンたちを守るという心理へと変化し、物語は緊迫した展開をしていく。

反体制派を弾圧し続けたシュタージは、 たった1700万人の人口に対し、10万人の正規職員のほかに20万人の民間人の密告者を抱え、つねに国民の暮らし“lives of others” を監視していたと言う。シュタージは創設時にナチのゲシュタポや親衛隊出身者を採用したという説もあり、ナチを倒して成立した共産主義国家が、実はナチと変わりのないファシズムに支配されていたというアイロニーがこの作品で暴かれている。ヴィースラーを名演した東ドイツ出身のウルリッヒ・ミューエも、妻に監視されていた。

その苦い歴史の過ちを、犠牲となった芸術家の悲劇と壊れかけた男の再生に重ねて描いた点が優れている。柔かな暖色で描かれるドライマンたちの暮らしと、寒色で統一されたヴィースラーの暮らしというコントラストが効果的で、後半にもり上るサスペンスも充分見ごたえがあった。

監督と脚本はこれがデビュー作のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。三四才の彼も東ドイツ出身で、これまで公けにならなかったシュタージの実態を何年もかけて調査し、この脚本を書き上げた。自国の歴史をきちんと正視することが、同じ過ちを繰り返さない唯一の道であることを、あらためて教えられた。

上映時間:2時間17分。16日よりサンフラシスコはエンバカデロとシネアーツ・エンパイアで、その他ベイエリアの映画館でも上映開始。