”To Have and Have Not”


写真クレジット:Warner Bros.

サンフランシスコに来た頃、近所の本屋に貼ってあった白黒写真に目が吸い付けられた。 映画のスチール写真で、ハンフリー・ボガードと格子柄の細身のスーツを着た若いブロンド女性が映っていた。その女優が若き日のローレン・バコールだと知ったのは、しばらくしてから。当地の名画座でボガード特集をやった時に、初めてその写真の映画が “To Have and Have Not”(44年、邦題『脱出』)だと知った。もちろん観に行き、 バコールのカッコ良さにトロトロになって帰ってきた。

この映画は、42年の『カサブランカ』の大ヒットにあやかって二匹目のどじょうを狙った感のある作品。日本では『カサブランカ』ほど人気がなく、私はアメリカに来るまで観るチャンスが無かった。『カサブランカ』は戦争によって引き裂かれた恋と男の友情を描いた名作だが、この映画で描かれている男女関係はまったく別物。時代設定は同じ頃だがロマンスに苦みがなく、むしろ軽やかでセクシー。しかもベタつきがない。

フランスがヴィシー政府というナチの傀儡政権に支配されていた1940年代が背景 。カリブ海に浮かぶフランス領マルチニク群島の小さな島で、貸しボートの船長をして気ままに暮らすスティーブ(ボガード)が主人公だ。彼には気のいいアル中の相棒エディー(名優ウォールター・ブレナン)がいる。

ある時、スティーブの住むホテルにブロンド美人マリー(バコール)が流れて来る。彼女はアメリカを離れて放浪をしながらこの島にたどり着いた腕のいいスリ。酒場で男の気を引いては財布をイタダイテきた。スティーブの客から財布を盗むところを彼に見つかり、二人は急接近。スティーブは一目で気にいったマリーにスリムという愛称をつけ、風来坊同士の二人はあっという間に親しくなっていく。その時二人が交わす台詞が粋で、ワクワクする楽しさだ。


You know how to whistle, don't you, Steve? You just put your lips together and... blow.
ティーブの部屋を出ていく時(写真)にスリムの言うこの台詞はあまりに有名。その後たくさんの映画で真似され、引用されている。

原作がアーネスト・ヘミングウェイ、脚本がウィリアム・フォークナー、監督がハワード・ホークスという当時最高のスタッフで作られたぜいたくな映画だ。バコールのデビュー作として有名な作品。当時19才のバコールが大人っぽいムードで、警官に殴られても泣かないタフな女をクールに演じている。

物語はその後、ヴィシー側警察が追うレジスタンスの闘士とその妻の脱出をスティーブが助けたことから、緊迫した展開になっていく。闘士の妻がベタベタの美女なのが気になるスリム。色っぽい妻の物まねをしてスティーブを冷やかしたりする。 軽い嫉妬をウィットに包んで表現するスリムが率直でいい感じだ。

ティーブが執刀する夫の手術に立ち会って気絶してしまう妻に代わって、平然と手術を助けるスリム。彼女はスティーブにとって、最高に頼りになる相棒でもある。この辺りが男のロマンもの『カサブランカ』との大きな違い。スリムは、スティーブにとってクラクラするほどセクシーな女であると同時に、相棒エディー同様の信頼を持てる女でもあるのだ。

タフでセクシー、自由で、思ったことを言葉にする率直さをもったスリム。60年以上前の映画に登場する女性だが、今観ても少しも古めかしさの感じられない颯爽とした女性像だ。ホークス監督はこういうタフな女性をその後も何度も描き、映画好きの間ではHawksian Womanと呼ばれている。フェミニスト運動が生まれるずっと以前に、男性が作り出したなかなか素敵な女性像だ。

大ボーナスは、バコールが酒場で歌うシーン。うまいとかなんとか言うより、ハスキーな声でゆったり歌う姿に、ただウットリ。ピアノで伴奏をするホーギー・カーマイケル(『スターダスト』の作曲家)も、やたらに抑揚の多い歌を鼻にかかった声で歌って、当時のムードを盛り上げている。

上映時間:1時間40分。