"Borat"


写真クレジット:20th Century Fox

超お下品で差別発言満載の強烈なコメディについて書きたい。

"Borat, Cultural Learnings of America for Make Benefit Glorious Nation of Kazakhstan"(ボーラット、偉大なる国カザフスタンのためのアメリカ文化の学習) というふざけたタイトルで、去年秋に全米で公開された。

あまりに不穏当な内容なので、800館ほどでマイナーに公開されたのだが、一気に人気が広まって130億円もたたき出す予想外の大ヒットとなった。こういう映画を見て笑っていると、きっとバチが当たるぞと引きつりながら爆笑をした人も多いハズで、私もその一人だった。

英国のコメディアン、サシャ・バロン・コーエンが、カザフスタン放送のリポーター、ボーラットに扮して問題発言/行動を連発し、全米でトラブルを巻き起こす。 ドキュメンタリー映画のように作られているが、主人公はボーラットを演じているコーエンで、彼以外はすべて素人のアメリカ人。彼をアメリカ文化に無知なリポーターだと思い込み、 無邪気を装う彼のきわどい質問に、思わず本音を吐いて墓穴を掘って…という展開。 たとえば…

バージニアのロデオ主催者の男に「この州ではホモセクシュアルの結婚を認めたそうだな。カザフではホモは死刑だぞ!」と言うと「そうなるように、こちらも何とかせんとイカンのだよ」と驚愕の本音をドカン、という案配だ。これ以外にも、ちょっと活字にするのがはばかられるやり取りがいくつも登場する。

強烈な反ユダヤ人主義者(ちなみにコーエンはユダヤ人)で、奴隷制度復活を願い、女は家畜と同じ、ホモは殺せと言い放つボーラットに、ついつい相手も油断して胸襟を開く。巧みな演技と演出で相手をノセて、 アメリカの実像をあぶり出すというアブナいコメディだ。 確かに、偽りのないアメリカ文化の学習映画ではある。

映画の公開後、カザフスタン政府を始め、売春と近親相姦と強姦の土地という印象を残されたロケ地のルーマニアの町や、彼が偽物のリポーターだと知って訴える人々も後を断たない。 当然だろう。ルール違反もはなはだしい映画の作り方だ。それでも私は、自分も落ちそうな地獄の穴を覗きつつ、これこそがコメディが持つ起爆力、真実をあばき出すパワーだと感心した。この映画に殺到したアメリカ人の心理もなにやら面白い。

なぜこの映画の話をしたかと言うと、年末年始に里帰りして、お笑いバラエティ番組を観て、まったく笑えずに帰ってきたからだ。あの手の番組もブス、デブ、ヘンタイという差別発言がてんこ盛りだが、その発言に対して他の出演者が拍手で応援、という番組構成に呆れた。

笑いは緊張の緩みや意外性、批評性などから生まれるものだが、彼らのいる環境には緊張感も批評性もない。ただ、多数派が数にまかせて差別的現実を確認し合っているだけ。ゴムの伸び切ったバンツみたいにだらけている。お笑い芸人たちが持てるはずの時代への起爆力はどこへ行ったのか。

コーエンはこの映画をゲリラ的に撮影し、各地で問題を起してFBIや地元警察に捕まった。それでも、平然とボーラットを演じ続け、崩れることがなく、警察側をキリキリ舞いさせたらしい。
猫の足を持って逆さにしても笑えないが、 虎の足を引っ張っぱろうとするコメディアンには笑えるのだ。

日本での公開は未定。正体不明の訛り英語を字幕にするのは悪夢ではないかと思う。