"Buena Vista Social Club"


クレジット:ARTISAN

大昔の話。音楽好きの母と運動神経抜群の叔母がよくマンボを踊っていた。床屋をしていた2人は、店を閉めてから椅子を店の隅に押しやって、イチ、ニ、サンッ、シと声を掛け合い、マンボやルンバのステップを踏む。魅惑的なリズムを全身に受けて腰を振る2人。彼女たちを見ていると、悪いことなど絶対おきない気がした。1950年代も末の頃。どぶ臭い東京の下町にもペレス・プラドの「マンボ No5」が華やかに流れていた。
この映画の下調べをして、マンボやルンバ、チャチャチャなどがキューバから発祥したことを知って得心した。この映画を観ていつも感じてきた懐かしさは、あの頃のウキウキとした母たちの記憶に繋がっていたのだ。プラドなどのスターの背後に、海のように広がる多くのキューバのミュージシャンがいて、熱いセッションを重ねていたに違いない。母たちのラテンから40年近くをへてその同じ音楽にふれ、身体が勝手に動くシアワセを味わった。それがドキュメンタリー映画 "Buena Vista Social Club"(邦題『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』99年)だ。たぶん、過去10年で観た映画のベスト5のひとつ。ちょっと元気がない時に必ず観る映画だ。

カリブ海に浮かぶ島国キューバ。音楽の街ハバナに1932年に設立されたブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブという社交場で、毎夜歌い演奏したミュージシャンたちを追っていく。59年のキューバ革命以前に活躍した人たちが主なので、90-80歳代のミュージシャンが何人も登場。衰えなどみじんも感じさせない甘くセクシーな歌声と演奏を披露する。彼らの魅力は、100%出し切らない歌声と演奏の妙にある。余裕を残したソフトな歌声と演奏は、カリブ海の南風が頬をなでるがごとき優しさだ。

映画の案内役はアメリカのギタリスト、ライ・クーダー(写真右)。『パリス、テキサス』など映画音楽を多く手がけてきた多才なミュージシャンで、97年に忘れ去られていたミュージシャンたちを探し出し、当時の楽曲を集めたアルバム"Buena Vista.." を作った。監督はヴィム・ヴェンダース。クーダーのキューバ音楽への愛が感染した形で、映画作りを思い立ったようだ。

アルバムの成功で実現したアムステルダムのコンサートを皮切りに、ハバナの伝説的録音スタジオでの録音風景や、それぞれのミュージシャンが語る来歴、そしてフィナーレを飾る98年のカーネギーホールでのコンサートと、かなりオーソドックスな記録映画の手法で撮られている。被写体が良ければ演出は凝らない方が良いに決まっている。

若く張りのある声で歌詞を一言一言大切に歌うイブライム・フェレール(写真右)の誠実、フレッド・アステアが鍵盤の上で踊っているようなピアノを弾くルーベン・ゴンザレス(写真左)の洗練、世界の舞台で活躍してきた若手(と言っても50代)エリアデス・オチョアの絶妙なギター、ギタリストとして生涯現役を通した90才のコンパイ・セグンドの男っぷり、甘やかな声で歌う永遠の歌姫オマーラ・ポルトゥオンド(写真下)の涙、彼らの歌と演奏をうっとりと聞き入るクーダーの至福。そして、彼らのすべてを柔らかく見つめたヴェンダースの愛情が画面に広がる。観客はその愛に感染し、至福を味わう。ヴェンダースがクーダーの愛に感染したように、だ。

この映画には、ミュージシャンたちが互いの音を慎重に合わせながら一つの演奏を進めていくスリルと快感、キューバ音楽のリズムを生きるシアワセと苦さが焼き付けられている。観終わっていつも思うことは、「次に生まれ代わる時は断然ラテン・ミュージシャン」という思い。またビンボーな人生かもしれないけど、この魅力には勝てない。私の来世はこれで決まりだ。

付記を最後に。人生の終わり近くで世界的な成功を収め、日本を始め世界各地で公演をした幸運なミュージシャンたちだが、03年にセグンド(96歳)とゴンザレス(84歳)が、05年にフェレール(78歳)、06年にひょうきんなステージが楽しかったピオ・レイバ(89歳)がすでに他界している。かなり悲しい。

上映時間:1時間45分。