『花よりもなほ』


写真クレジット:松竹
時代劇にはにあわないが形容だが、ほのぼのと優しい映画だ。お犬様が人にかつがれ江戸の町をねり歩く元禄年間。幕府は仇討ちに多大な報奨金を与え、赤穂の浪人たちも長屋にひそんで吉良邸をうかがっていた、そんな時代の物語。

父の仇を討つために江戸に上京していた信州の若侍、青木宗左衛門が汚い長屋に住みついた。剣が弱く、逃げ足だけが速い情けない侍。長屋に住む武家の未亡人にほのかな恋心を抱き、おっせかいな長屋の住人たちとの暮らしになじんでしまう。仇は見つけたもののモタモタしているうちに、仕送りも途絶え気味となり、長屋で寺子屋を始めてしまう。さて仇討ちはいかなることに…。

テレビドラマでも人気のV6の岡田准一を主人公に、田畑智子加瀬亮の若手人気俳優、寺島進國村隼原田芳雄中村嘉葎雄らのベテラン、そして人気コメディアンたちが脇をかためた豪華な配役。明るくにぎやかに話が進む時代劇コメディだ。

はじめは「桜の花のように潔(いさぎよ)く散る」と威勢のいいこと言っていた宗左衛門だが、「桜は来年も咲けるから潔く散れるんだよ」と長屋の住人に返され、しだいに「仇討ちとは何ぞや」と疑問を持ち始めていく。911事件後の報復を肯定する時代への疑問が土台にあるのだろう。仇討ちの枠をかりて、報復よりも大切なものを提示しようとする時代性が感じられる作品だ。

監督は是枝裕和、脚本も彼のオリジナル。02年のサンフランシスコ国際映画祭に『ディスタンス』が出品された時、「オームの事件後、あの事件を自分の問題として引き寄せたかった」と語っていた監督。04年には現代の子捨てを描いた『誰も知らない』を撮り、カンヌ映画祭で主演の少年が史上最年少で最優秀男優賞をとって話題になった。ドキュメンタリー・タッチの作風を得意とする彼の初めての時代劇だが、時代を引き寄せソフトに疑問を投げかける誠実な姿勢は変わらない。
ボロ長屋が登場する冒頭のシーンで、黒澤明の『どですかでん』を思い出したら、なんとセットは黒澤映画の美術担当をしてきた馬場正男だった。80才の現役、立て付けが悪いが必ず閉まる長屋の引き戸など、細部に発揮された高度な技術力も見どころだ。