桐野夏生氏

クールでホット、予想通りの人だった。ミステリー作家、桐野夏生。97年、弁当工場で働くパートの主婦が死体解体業を始めて、新宿のヤクザと対決するという長編小説『OUT』で大ブレイク。日本の女性ハードボイルド小説の先鞭をつけた。04年、その英語版が日本人としては初めて米国エドガー賞の最終候補に残った記憶は新しい。


この3月、英語版の2作目として『グロテスク』(Alfred a Knopf 社刊、レベッカコップランド訳)が出た。感想を聞くと「アメリカに来るまで6年もかかったのかという感じ。前の仕事を否定しながら変わってきているので、今ならもっと違った書き方をするだろうと思います」とクールだ。

『グロテスク』は、97年に起きた東電のOLが街娼をして殺された事件を下地に、名門女子校の同窓生だった4人の女性たちの、一人称で書かれた長編小説。03年に泉鏡花文学賞を受賞している。容貌、家柄、学歴、キャリア、カルトなど、厳しい時代を生きる日本の女たちの窒息状況を克明に書き込んだミステリー仕立ての力作だ。

「(女の状況は)厳しいと思います。半分ぐらいしか正社員になれないんですから。こんなに女を搾取する先進国があるんでしょうか。正規雇用と非正規雇用の極端な二分化が進んで、女の雇用形態が巧妙化している。『OUT』の時はパートだけだったのに、今は派遣、請け負い、パート、アルバイト、何がなんだか訳が分からない。その派遣すら女は35才を超えると仕事がない。女が一人で生きていくことは、一生貧困の中にいなさいということ。本当にひどいことになっていると思います」とホットに語る。

雇用の厳しさという面だけでなく、容姿の面でも女の子が小学生ぐらいからダイエットをする時代。『グロテスク』で登場する名門女子校内でも、階層や容貌で差別される状況が描かれる。

「書きながらも、本当にこんなひどいこと考えているのかなと半信半疑でしたけど、Q学園(慶応女子校がモデル)に行っていた人たちに取材しました。親がサラリーマンというだけでダメ。オーナー社長か何代も続く老舗の子供じゃないとダメらしいです。凄いですよ。まあ戯画化した部分はありますけれど」

女の生き難い状況を克明に書く作風から、米国ではフェミニストと呼ばれることもしばしば。
「何何イストというのはダメなんですよ。フェミ二スティックな視点は、女なんだから持っていて当たり前。そういう側面を持ちながら社会を見ているということはあります。でも、私は作家なので主義主張を書いている訳ではありませんから」

映画化もされた近刊『魂萌え!』では、夫に先立たれた専業主婦の戸惑いを穏やかな筆致で追う。彼女の小説には毎回違ったタイプの女性が登場するが、その誰にも自分が重なる。普遍的な女の視点が大きな魅力だ。

「女として生まれた違和感ですかね。男兄弟の中で育ち何でもできると思っていたのに、社会に出ようとしたら全然出来なくて…。母親みたいに絶対なりたくないと思ってましたから。でも、24才になる私の娘は私みたいになりたいと思って育ったかもしれない。全然違った生き方をして来ている。ところが、最近就職して、犬のように働かされて、すごく可哀想。弱音を吐いたら切られるんですよ。だから、女が感じている圧迫感のようなものを書かずにはいられないですね。まだスゴく怒ってますもの。日本で女に生まれたことが原点ですね」とさらに熱っぽくなる。

6月から始まる連載では「難民を主人公にして、本当に可哀想な人たちの悲惨な話を書こうかと思って」と抱負を語る。彼女の関心は今、持たざる人々に向けられているようだ。
今回の訪米中、コロンビア大学で『言葉の力』と題する講演をした。

グローバリズムによって世界が均一化して、もの凄い多数の貧困層が生まれ、持てる者と持てない者の大きな格差が生まれた。私たちは持たざる者の現実を知らないだけで、本当はもの凄いものがあると思うのですよ。だから、文学というものは北側の豊かな社会のただの贅沢品ではないのか、という話をしたら(聴衆)はショックを受けたようでした。ちょっと挑発的になってしまって…」と言う桐野氏。挑発的になると彼女の独壇場だ。これからも冷徹で熱い女のハードボイルド魂で、激しく読者への挑発を続けて欲しい。


http://d.hatena.ne.jp/doiyumifilm/20070630