"In the Valley of Elah" など


写真クレジット:Warner Independent Pictures

ポール・ハギスが脚本/監督した新作"In the Valley of Elah"を観た時、ちょっと意外な体験をした。

ハギスは『ミリオンダラー・ベイビー』、『クラッシュ』でアカデミー賞を連続受賞している今一番ホットなハリウッド映画人。この作品は、03年に実際にあった若い帰還兵の殺害事件をもとにしている。

息子を殺した犯人を捜す元軍人の父親を主人公にすえ、事件解明の謎の中にイラク戦争の戦闘の実態と、その傷を心に負った若者たちの姿を浮かび上がらせている。帰還兵が抱えるPTSD心的外傷後ストレス障害)をハリウッド映画として初めて扱っているが、その実態をミステリー仕立てで見せて行く上手さに、感心した。

意外だったのは観客の反応。泣いている人がかなりいるのだ。息子を殺された親の話なので、泣かす場面は確かにある。しかし、情感はかなり抑えられ、若者たちが直面した戦場の実態に暗澹とはなっても、感情を煽られて泣かされる映画ではない。

『ミリオンダラー…』を観た時もそうだったが、ハギスの書く映画は、悲しみや悔恨の大きな袋を抱えた主人公たちが、その重さを見せない工夫が凝らされている。簡単に泣かせるものかという作風なので、泣く観客の反応に驚いたのだ。

しかし、よく考えてみると、継続する戦争そのものが、兵士や家族たちの悲しみを封じ込めているのではないだろうか。だからこそ、この映画の抑えた演出が、観客の心を掴み、涙を誘ったのかもしれない。

ネット上に書き込まれた観客の感想を読むと、ハリウッド左派が作った偏向映画だと罵倒する声を除けば、ほかはすべて「他の人にも観て欲しい」「真実の重みに感動」という絶賛の声ばかり。こういう映画が待たれていた、という印象を強くした。

これまでドキュメンタリー映画では、戦闘の実態を伝えたり、帰還兵の苦悩などを扱った作品がずいぶん作られてきたが、観客層は限られていたのだと思う。が、この作品では、スーザン・サランドンなどの有名俳優を配すことによって、観客層が圧倒的に広がり、潜んでいた悲しみに触れたのではないか。

映画作品としては『ミリオンダラー…』の感動の域には及ばなかったが、帰還兵の心の闇に光を当てた初めてのハリウッド映画として特筆したい作品だ。

またこの作品以外にも、この秋はイラク戦争の暗部に焦点を当てた作品がいくつも公開される。妻がイラクで戦死したことを娘に告げることが出来ない父親の姿を描いた"Grace is Gone"。

14才のイラク少女を強姦し、彼女とその家族全員を殺した兵士の実話をもとにしたブライアン・デ・パルマ監督の"Redacted”、また『ボーイズ・ドント・クライ』以後新作がなかったキンバリー・ピアース監督の"Stop Loss"など。

Stop Lossとは、兵士確保が出来ない米軍の新制度で裏の徴兵制とも呼ばれる。兵役期間が終了しても本人の意思に反して除隊を認めず、派遣が延期される制度で、帰還兵の多くが違法であると中止を求めている。映画は、Stop Lossで再度イラクに派遣されることになった主人公が逃亡する話で、来春の公開が予定されている。

戦争は映画産業にとって恰好のネタを提供してくれる一面、玉石混合の作品群の中で、歴史に残る反戦映画の名作が生まれることもある。そんな業界のトレンドが、戦争終結の追い風になってくれればと願わずにはいられない。

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