"No Country for Old Men"


"No Country for Old Men" 写真クレジット:Paramount Vantage

コワーイ男が出てくる。名前は Chigurh と書いてシュガー。この男の通った後は草木も生えない、いや死体がゴロゴロ。
時は80年代のテキサス、国境近くのリオ・グランデあたり。科学捜査などが活躍する前の時代と土地柄で、これらの事件を担当したのが初老の保安官ベル。長年の経験とカンだけを頼りに動機不明の殺人を捜査する。

シュガーが追っているのは、彼の金を盗んだ男モス。狩りの最中に砂漠で見つけた240万ドルに目が眩み、金を盗って遁走。若い妻と遠い街で落ち合う約束をする。が、かなりマズい賭け。シュガーがどれほどコワい男か知らないのだ。執拗に追うシュガーの影が、モスの行く手を黒く覆いつくしていく。

“Blood Simple”や“Fargo”などの犯罪サスペンスの名作を作ってきたコーエン兄弟の最新作。彼らが得意とする犯罪ものだが、事件解決などにはさらさら関心がなく、予想外のエンディングでポーンと投げ飛ばされる快感は格別だった。

ごつい顔に昭和の女学生的髪型をしたシュガーの異形。殺し方も尋常ではなく、冷血、残忍、非道という言葉を全部投げつけても足りない男。スペインの名優ハビエル・バーデムが凄みたっぷりに怪演し強烈な印象だ。

血なまぐさい世界に温かい血と情を通わせるのが、保安官を演じたトミー・リー・ジョーンズの役どころ。テキサス訛りを自在に使い、とぼけた人間味を出して好対照だ。はたして彼はシュガーを止めることができるのか?

心の傷も孤独もない。世界と完全にかけ離れた場で独自に存在し、善も正義も何もかも飲み込む純粋悪の存在。その強大なパワーに圧倒される作品だ。

昔を懐かしむ保安官のつぶやきから脇役に到るまで、ダークなユーモアが漂う台詞も極上の味わい。同名の原作(邦題『血と暴力の国』)を書いたコーマック・マッカーシーの文体なのだろう。『すべての美しい馬』などを書き、ノーベル文学賞候補にもなった米国作家。犯罪映画を観た以上の体験ができたのも、原作に負うところが大きいのではないかと思った。

上映時間:2時間2分。16日から上映中。

"No Country for Old Men"英語公式サイト:http://www.nocountryforoldmen-themovie.com/