『ゲロッパ!』(2003年)


写真クレジット: ©2003 "Get up!" Soul Bros.、シネカノン

一度こびり付いたら絶対取れない強烈な印象。そんな関西のおっさんを知っている。この人に比べたら田辺聖子の「かもかのおっちゃん」なんて品の良い方だ。
男の理想型に「やくざモン」があり、男気を最上とする美学があるようで、女子供などの弱いものイジメはしない。私も弱いものに見えたらしく、良くして頂いた。自分がこの世で一番エラいと思っているフシがあり、人を小馬鹿にしているので、対話は不能。機嫌が良いとなぜか話がえげつなくなり、「あっこのおばァは、夏の火鉢や、ダーレも手ェ出さん」というようなことを平気で言う。ウケを狙って笑わせることが親しみの気持ち、ということらしい。

この映画を観ながら、このおっさんと彼のバックグラウンドに濃厚に広がる関西カルチャーを思いだし、笑い転げた。

主人公、羽原大介西田敏行)は、弱小やくざ組の親分で子分はたった3人。5年刑期の刑務所収監を二日後に控え、弱気になって組の解散を決め、子分を泣かせる。そんな羽原をなんとか喜ばそうと、弟分の金山(岸部一徳)は一計を案じる。ジェームス・ブラウン(通称JB)が名古屋に公演に来ていた折も折り、彼の大ファンでもある羽原のために、JBの誘拐を子分たちに命じるのだ。これが大騒動の始まり。

そうとは知らない羽原は、25年前に生き別れになった一人娘かおり(常磐貴子)との再会を果たそうと、行方を探していた。

題名の『ゲロッパ!』というのは、Get Up の日本語読みということらしい。JBの大ヒット曲 ”Sex Machine" の歌詞。このソウルフルな曲が全編に流れ、それに合わせて西田が歌い踊り、岸部もなんと岸部の妻役の藤原直美も踊るのであるが、みな巧いこと巧いこと。オマケ映像で岸部が「妖怪一反もめん」のようにヘロヘロ踊るシーンなどは京風の味わいで、関西やくざとソウルの相性合いまくりである。

JBなど知らない子分のマングースの太郎(山本太郎)が、「なんや、このおっさん、演歌やんけ」と看過するあたりに、ディープなカルチャーへの嗅覚が感じられる。なんちゃって、なのだ。

物語は羽原の娘探しと、JB誘拐騒動の二本立てで進んで行くが、この話にからんで描かれるサイドに爆笑もの小エピソードがギッシリ。マヌケな子分3人に始まり、アメリカから来たJBのそっくりさん、美容院と寿司屋をやっている双子のゲイ、内閣情報調査室員、名古屋の運送屋、などなど脇をかためた多彩な役者たも芸達者揃い。メイン以外の小皿料理をズラーッと並べて大歓迎してくれる韓国料理店みたいな気前の良さと、絶対笑わせまっせ、絶対満足させまっせ、という大阪的サービス精神で熱演、怪演を披露している。

特に気に入ったのは、羽原が自宅で借金取りを大トカゲを使って撃退するシーン。和室なのにピカソの『ゲルニカ』の絵が飾ってあるのだ。そういえば、彼のケータイの呼び出しはドヴォルザークの『新世界より』。意外とインテリ? いや、コレって戦後の学校教育の中で刷り込まれた「西洋文化」のアイコンばかり。同世代としてついニタリ、羽原がぐっと身近に感じられたりするのである。

全般的には詰め込み過ぎのきらいがあり、こじつけや無理な展開も多々あるのだが、そうした欠点が欠点に見えず、作り手の「喜ばしたろ」という熱意と愛嬌が感じられる。娯楽映画の神髄って、これに極まると思う。

監督の井筒和幸団塊世代で関西出身、監督の分身でもある羽原組長とその「ファミリー」への愛情もたっぷりである。日本では過激なコメントで知られ、観てもいない映画をこき下ろしてヒンシュクを買っているらしいが、これぞおっさんの心意気。自己チューも極まれりの古色蒼然たる男ぶりは、今や希少価値ではないだろうか。敬して近づかず、というスタンスでこういうおっさんを眺めるのは、楽しい。

ちなみに、出だしで書いたおっさんは、私が一緒に暮している人のお父上。きっとこの映画を観ても「こんなあほなもん!」と小馬鹿にするだろう。この人、実に濃いのである。

上映時間:1時間52分