"Forbidden Lie$"


"Forbidden Lie$" 写真クレジット:Australian Film Finance Corporation
今年のベストワン映画を紹介しよう。謎だらけの女性を追ったドキュメンタリー映画で、虚々実々のブラックホールに吸い込まれる怪作だ。監督はオーストラリアのアナ・ブロイノウスキー。撮影から製作、編集まで女性の名前が並ぶ。こんなヘンテコな映画を女性が作ったのかと思うだけでゾクゾクする。映画紹介の前に、まず主人公の説明が必要だ
02年の豪州で、ヨルダン女性への名誉の殺人*について書かれた本『Forbidden Love』が出版された。書いたのはヨルダン人のノーマ・クーリ、彼女が主人公だ。クーリの親友ダリアが、軍人と婚前交際をしたために父親に殺された。それを告発しようと彼女はヨルダンを逃げ出しこの自伝を書く。
本はベストセラーとなり、13カ国語に翻訳され世界で50万部も売れた。彼女は一躍有名となり、名誉の殺人を告発する人権活動家として世界中を回ることに。イラク戦争が始まる直前のことだ。
(* 結婚前の女性が性関係を持つことで家族の名誉が傷つけれたとし、父や兄弟などその女性を殺害する風習。イスラム文化圏に多い)

ところが04年になって、豪州の新聞記者が本の嘘を暴いたのだ。ヨルダンから逃げ出したカトリックの処女(!)というふれこみは大嘘で、実はシカゴ育ち。結婚して子供が二人いる元不動産業者。隣家の老女の死に関連し、1億円の遺産を不法に着服した容疑で連邦警察が捜査中という。エッーと声が出た。

同時にヨルダンで名誉の殺人問題に取り組んでいる活動家らからも抗議の声が上がった。本人の言う本の全収益を人権団体に寄付という事実もなく(Forbidden Loveがドルマーク付きのLie$に変じた)、事件数が実際より多過ぎ、加害者が放免された記録もないなど70ヶ所以上の虚偽の記述があるという。

また出版元である大手ランダムハウスが、これほど多くの間違いを見過ごしたことも指摘。9/11事件以降のイスラム文化への強い反感に便乗して本を売ろうと見切り発車をした、というのだ。ランダムハウスは過ちを認めて謝罪。だが、クーリは本を断固弁護した後、こつ然と消えた。

映画は、ここから始まる。潜伏していたクーリを見つけた監督が、彼女にカメラの前で本の弁護してはどうかと誘ったのだ。そして、クーリは語りに語る。

地理的間違いについては、自分は観光ガイドを書いた訳ではない、多くの創作部分は自分の命を守るためにしたことだと弁護。要するに自分は名誉の殺人を告発するために書いたのだから、細かいことはどうでも良いじゃないか、という態度だ。しかも、ダリアが実在したことを証明するからヨルダンに行こうと監督たちを誘う。
ここからがヤマ場、本物の謎解きが始まる。

ヨルダンに着いてみると、事件の記録は一切なく、ダリアが働いていた美容院もなく、証言をするはずの兄弟も現れず、ただ一人クーリの父という老人が現れて殺人の事実を証言。ところが、この老人がうさん臭い。どう見ても雇われた様子で、アメリカから連れて来たボティガードも彼女の愛人っぽい。ヨルダン語を片言しか話せないことも白々しく正当化し、時には泣き顔を見せながら旅を続けるクーリ。シカゴの老女問題もぬれ衣と明言して意に介さない。

重症の虚言癖なのか、凄腕のペテン師なのか、彼女の正体は…。
ペテン師ものの痛快さなどカケラもなく、画面からは脂汗が滲むような撮影状況が伝わり、作りもののミステリー映画にはない凄みと人間の不可解さ、不条理までが浮かび上がった。

撮影を始める前に、スタッフにクレジットカードを隠し、絶対に金を貸さないように言い含めたという監督。ペテン師も映画監督も虚構を作る点では一緒だという視点でクーリを追い、あえて彼女の嘘を暴くのではなく、最後まで嘘に付き合い続けた。それはまるで狡猾なヘビを追って、真っ暗な薮の中に分け入るような体験だったに違いない。その奇妙な熱意と好奇心、粘り強さに脱帽だ。

映画は多くの謎を残して終わる。もちろん、クーリの消息はその後不明。連邦警察の捜査はまだ続いている。

"Forbidden Lie$" 英語公式サイト:http://www.forbiddenlies.com.au/