"Wendy and Lucy"(原題『ウェンディ・アンド・ルーシー』)


『ウェンディ・アンド・ルーシー』写真クレジット:Oscilloscope Laboratories
日本でもヒットした映画『 イントゥ・ザ・ワイルド』では、自分探しをする若者がアラスカに向かっていたが、この主人公のアラスカへの旅はまったく違っていた。
缶詰工場での仕事を得るために、ポンコツ車にささやかな全財産を詰め込み、愛犬とアラスカを目指すウエンディ(ミシェル・ウィリアムズ、『ブロークバック・マウンテン』)。帰る家は無く、アラスカでの再出発が目的だ。大恐慌以来最悪と言われるアメリカの不況をそのまま映し出したようなヒロイン。ルーシーは犬の名だ。

そんな彼女がオレゴンで足止めを食らう。見知らぬ町で車がエンコしたのだ。ドックフードも底をついていた。しかし、所持金は500ドルちょっと。フェリーに乗ってアラスカに辿りつくためのギリギリの手持ち金。車の修理を考えるとこれ以上一銭も使えない。
彼女はドックフードを万引きして捕まる。警察に送られたのち釈放となるが、町に戻るとルーシーがいない。万引きしたスーパーの前に繋いでおいたはずなのに…。

薄い家族の縁、失業、ボロ車の一人旅、愛犬の失踪…うーん、キビシイ。これってアメリカのインディ映画が得意とする濃いドラマのパターン。またしても異口同音のメロディーかと思ったが違っていた。

最愛の旅の相棒を失ったウエンディの姿に泣かされるかと思ったら、ぜんぜん泣かせてくれない(泣きがたっぷり入った日本の動物映画を思い出してほしい)。描写が拍子抜けするほどさりげないのだ。ところが、観終わると深い余韻が心に残る。素晴らしい出来映えの映画なのに静か過ぎて、どこが良いのか指摘するのが難しい。

まず、ウエンディが歩く姿が良かった。バックパックを背負い大きな袋を抱え、スタスタと歩く。平凡な見かけ、無愛想で口べた。若い女性っぽい華やかさや明るさがまるでない。これでは求職活動も難しそう。実は車のエンコと犬の失踪で満身創痍なのだ。

犬も良かった。あまり可愛くないところ、ディズニー映画みたいに演技をしないところが良かった。

『ウェンディ・アンド・ルーシー』写真クレジット:Oscilloscope Laboratories

監督のケリー・レイチャードは、05年のハリケーンカトリーナで家や家族を失った人たちのことを考えている時にこの物語に出会ったという。すべてを失ってゼロから再出発する人々。天災によってだけでなく、そんな人たちは今増えているのではないだろうか。

かつては男たちが職を失い、家や家族を失って流れ着いた場所に、今や子供を連れた母親や若い女も流れていく。女の自立の旗印の下、予期せぬ失職宿無しの穴に落ちた女たちが増えている。

エンコした車は廃車となり、ついに野宿するハメになったウエンディ。そんな彼女をホームレスの男が襲う。泣きながらガソリンスタンドのトイレで身体を洗うウエンディ。その総毛立つような冷たい感覚…。

自分を知る人がどこにもいない見知らぬ町で、たった一人でいることの無防備な感触が伝わる。ウィリアムズ会心の演技だ。撮影中は髪も洗わずノーメイクで演じ続けたらしい。

最後、ウエンディはルーシーを見つける。優しそうな初老の男性に飼われていたのだ。広い庭を楽し気に走るルーシー。ウエンディは一人で旅立つ決意をする。線路際を一人歩くウエンディの後ろ姿に、無援を生きる若い女の静かな自信が見えたのは、私の思い過ごしだろうか。

上映時間:80分。サンフランシスコはルミエール・シアターで上映中。

『ウェンディ・アンド・ルーシー』 英語公式サイト:http://www.wendyandlucy.com/index.html