『トウキョウソナタ』


トウキョウソナタ』写真クレジット:Regent Release
ここ数年里帰りするたびに、「日本は変わった」というはっきりした実感を持つようになった。貧しくなった、人に無関心で冷たい、若者の顔が暗い……。私のような短期滞在者にも荒れた時代の空気が痛く感じられる。そんな日本の今がこの映画にはよく描き出されていた。
2008年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門の審査員賞を受賞した黒沢清監督作品。ジャパニーズ・ホラーの生みの親とも言われる黒沢監督にとっては、異色の家族ドラマだ。

家族に秘密を持つ夫、家庭生活に満たされない妻、親に反発を感じる息子。こんな家族はいつの時代にもいたと思うが、2008年の黒沢版家族には暗い社会の重みがズシリ。家族なんだから表面でいくら波乱が起きても根では繋がっている、とは思えない危うさが漂う。ヒタヒタと忍び寄る家族崩壊の予感を、ホラー映画で鍛えた独特のテンポとタッチで見せ、黒沢監督ならではの作品、と唸ってしまった。

リストラを家族に隠して毎日ハローワークに通う父(香川照之)。面談の順番を待つ長い行列と、公園で配給される昼飯を食べる彼の姿に不況の深刻さが映し出される。家では家長然として振る舞う父に激しく反発する大学生の長男(小柳友)、ピアノを隠れて習っている次男(井之脇海)、そんな男たちの世話をやく優しい母(小泉今日子)。

彼女の愛を当然のごとく受け取り無視する男たちに、母の心は硬くなり始めていた。たぶん、彼女の絶望が一番深いのかもしれない。小泉が好演している。

作中、長男が米軍に入ると言い出してひと波乱。「俺は母さんや弟を守るために戦争に行く」「父さんは毎日何やってんだよ!」と父への怒りをぶつける長男。ギョッとする展開だが、先の見えない若者の本音が聞こえる。ここでは怒りの対象は父だが、実はこの言葉はワーキングプアが溢れ始めた日本の社会・政治に向けられているのではないか。「革命より戦争」という若者気質の底にある絶望感もまた深いのだ。

長男は原作(著者はオーストラリア人のマックス・マニック)にはないキャラクターで、監督自身が加筆した。監督の思いが長男の言葉に込められているのだろう。

家族の秘密がすべて明らかとなり、毒を出し切った後に希望の光が見える。ドビュッシーピアノ曲『月の光』の調べとともに、「家族だから一緒にいよう、支え合っていこう」という静かな決意が感じられるエンディングが秀逸だった。

上映時間:1時間59分。27日からサンフランシスコはクレイ・シアター、イーストベイはシャタック・シネマで上映開始予定。

トウキョウソナタ』日本語公式サイト:http://tokyosonata.com/index.html